「礼」と「和」はなぜ必要なのか 論語の真義 学而編12

『論語』学而篇の「礼の用は和を貴しとなす」を解説。真の「和」とは単に波風を立てないことではなく、違いを認め合い秩序を保つこと。「礼」を通じて多様な人々が共生し、徳を社会に実践する本質に迫ります
2026/08/19 劉如

人材抜擢の真髄 論語の真義 学而編11

前任者のやり方をすぐに覆す? 『論語』の言葉から、権力を得たときに人が陥る罠と、真のリーダーに求められる「徳」の正体を紐解きます。真の変革を起こすための、時代を超えた教訓がここに
2026/08/11 劉如

孔子が諸国を巡った「本当の理由」  論語の真義 学而編10

孔子はなぜ各国の政治を探ったのか?単なる職探しや名利のためではない――弟子・子貢の言葉から紐解く孔子の真の志と、「民の徳を厚くする」教化の本質に迫る。儒教の神髄が学べる必読の一章
2026/08/09 劉如

「慎重に友人を選ぶこと」の誤解  論語の真義 学而編8

「自分より劣る者と友になるな」——『論語』の有名な一節に抱く違和感の正体とは?従来の解釈を鮮やかに覆し、孔子が本当に伝えたかった「君子の心得」を紐解きます。第一章との意外な繋がりに、学びの常識が変わります
2026/08/08 劉如

真の学問とはなにか 論語の真義 学而編7

「真の学問とは何か?」あなたはこの問いにどう答えますか? 学問の本質は知識の量や学歴ではありません。時代を超えて受け継がれる真の学びの姿を明らかにします
2026/08/07 劉如

世界一の長寿企業国・日本 その秘密は「家訓」に【日本の中の「仁義礼智信」7】

世界一の長寿企業国・日本。創業1400年の金剛組や500年のとらやなど、300年を超える老舗には利益よりも大切な「家訓」があった。時代が変わっても揺らぐことのない東洋の道徳観「義」の精神と経営の真髄に迫る
2026/08/02 林道悟

水道哲学 松下幸之助の「仁」 【日本の中の「仁義礼智信」6】

パナソニック創業者・松下幸之助が掲げた「水道哲学」と儒教の「仁」の思想の響き合いを描いた一文。モノづくりを通じて人々の生活を支え、社員の人格を育んだ希代の経営者の哲学と、その真意に迫る
2026/08/01 林道悟

愛想の良さは「偽善」? 論語の真義 学而篇3

孔子の『論語』学而篇・第三章「巧言令色」を現代の視点で紐解く解説記事。へつらいや目先の恭順に潜む「偽善」を警戒し、直言や道義の堅守こそが真の忠孝と仁徳に繋がるという儒家の神髄を分かりやすく明かす
2026/07/26 劉如

「孝弟」が社会の根本 論語の真義 学而編2

論語・学而篇の第二章を紐解き、「孝弟」こそが仁の根幹であり家庭と国家の安定の礎であることを解説。現代の歪曲を正し、先賢の普遍的な教えと徳育の重要性を問い直す
2026/07/21 劉如

刻まれた徳育の根幹 論語の真義 学而編1

混迷の時代にこそ読み解きたい『論語』の真髄。孔子が「学而篇」の冒頭に込めた、真の学びと徳を積む生き方とは。現代教育が忘れ去った「人間としての根本」を紐解く
2026/07/19 劉如

嫉妬心

古代中国の文人と武人の対照的な関係や嫉妬心の歴史を探り、現代の利己主義が引き起こす問題を考察します。嫉妬心に打ち勝ち、寛容な心で他人を尊重する大切さを学びましょう。

【財商天下】400年にわたりビジネス界を席巻した安徽商人の伝説(4)

「天命を尊ぶ」「世の中を助ける」という儒教の思想の影響を受けていたので、多くの徽州商人は儲けた後、慈善事業や公共福祉に熱心でした。
2022/02/12

【財商天下】400年にわたりビジネス界を席巻した安徽商人の伝説(3)

徽州商人は非常に商売の評価を重視するため、商品の品質への要求も高かったのです。清時代の末期に、徽州で最も有名な、胡開文墨店の2代目である胡玉徳は、水に浸しても崩れない墨を作りました。
2022/02/10

【財商天下】400年にわたりビジネス界を席巻した安徽商人の伝説(2)

徽州商人の商売の基本は、「誠意を持って人に接する」ことです。 徽商は、商人と顧客はお互いに互恵互利の関係であり、商人は誠実で偽りのない誠実な対応をしてこそ、顧客から信頼を得ることができることを知っています。
2022/02/09

【財商天下】400年にわたりビジネス界を席巻した安徽商人の伝説(1)

中国のビジネス界で、かつては国家に匹敵するほどの富を持ち、2つの時代にわたり、縦横無尽に栄えた伝説的な商人集団の話です。「徽派のない町はない」という言葉がありますが、今日取り上げるのは安徽の商人たちの物語です。 
2022/02/08

第4話:礼儀を習うことの重要性とは【子どもが人格者に育つ教え「三字経」】

天然の美質を持つ玉石も、磨かなければ、役に立つ器物には成り得ません。それは人間も同じで、生まれながらに優れた素質を持っていても、努力して学ばなければ、人としての道理がわからないものです。子供の頃には、良い先生や友達と親しくし、教えやアドバイスを素直に受け入れ、人との接し方、物事への対処の仕方などの礼儀を身につけておくべきです。

第3話:教育者と生徒の務めとは【子どもが人格者に育つ教え「三字経」】

子供を養うにおいて、生きていく上で必要な物資だけを与え、きちんと躾をしなければ、それは親としての過ちです。また同様に、教師が生徒への教育について、厳しくしなければ、それは教師としての怠りです。

第2話:理想的な教育環境とは【子どもが人格者に育つ教え「三字経」】

『三字経』は中国で最も有名な儒教の古典の一つであり、宋の時代の偉大な儒教家である王応麟氏が最初に書いたもので、当時は私塾(現在の小学校に相当)の教科書として用いられていました。『三字経』には、儒教の根本から文学、歴史、哲学、天文地理などの内容が凝縮されており、まさに中国伝統文化の縮図のようなものです。

孝行の理念と伝説(一)

西周王朝の初期、周公旦(しゅうこうたん)は儀礼と音楽を作り、儀礼の中心思想を「尊尊、親親」とすることを提唱しました。彼は、人は天を敬い、臣民は王を敬い、子孫は父親と祖先を敬うべきであると考えて、すべての国民は、自分の友人や親戚を親切に扱うべきであると信じていました。古代の儀礼形式の一部として、親孝行は次第に中国人の最も重要な伝統的価値観の一つとなりました。親孝行が盛んな時代には、年寄りや体の弱い人が支えられずに一人で放置されることはなく、若者は飲水思源(物事の基本を忘れずに大切にするべき)を考
2021/07/31

どんな環境でも学ぶことを忘れない

西漢の時代、コウハ(130 BC–51 BC)という男性のお話です。コウハは政治犯として捕らえられ、獄中に繋がれながらも、決して学ぶことを忘れませんでした。「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」。コウハの言葉を聞いた男は、彼に書経を教えることにしたのです。
2021/05/03

【物語】親孝行の子路(しろ)

孔子の弟子の中に、子路(しろ)という弟子がいました。子路の家族は、とても貧乏で、肉と魚が食べられるのは、特別な日だけでした。その他の日は野草を食べ、お腹を満たしていました。貧しい両親を助けるため、子路は百里離れた市場へ行って米を買い、道端の野草を摘んで帰りました。子路は持ち帰った野草を煮て、親のために食事の用意をしました。
2021/04/19

龔遂は王に諫言し、平和に反乱を治める

龔遂(きょうすい)は前漢の宣帝(せんてい 前漢の第9代)時代の地方官吏で、官職が高くないのですが、性格がまっすぐで、いつも忠義心を持って諫言(かんげん)しました。そして、彼は清廉潔白な人で庶民を愛し、一兵卒も使わずに渤海地域の反乱を治め、皇帝から高く評価されていました。
2019/09/06

インフラ事業等で現地国にて親しまれる日本企業

論語に「仁者は先ず難んで後に獲、仁と謂うべし」という項があります。 ビジネスの話に置き換えると、事業では初めのうちは難しいことや苦労することがあり、果実は後でやってくるものだ、といえるでしょう。
2019/08/06

誤解4:古代中国は遅れていて、専制的だったのでは?

秦の時代(紀元前221-206年)、皇帝は中国最高の統治者となりました。古代中国の文化には、憲法はありませんでしたが、儒教思想が権力を抑制する役割を果たしました。
2019/01/17

口は善悪の門

今から700年以上前の中国元朝の時代、趙良弼(ジャオリャンビ)という大臣がいました。彼の美徳と事績は国が編纂する正史にも記録されています。
2018/05/10

スポーツ、獅子舞い、オペラコンクール…孔子学院は「地域社会に根を下ろす」

劉雲山・前政治局常務委員は、2014年ドイツで開かれた孔子学院欧州会議で、孔子学院は「中国の夢」と世界との友好を結ぶ「心の高速鉄道(心霊高鉄)」と表現している。その心と共産党とつなぐため、浸透工作は語学だけに限らない。
2018/02/22 佐渡道世

米FBI、孔子学院をスパイ容疑などで捜査対象「米国社会の脅威」

2月13日、アメリカ連邦議会上院の情報委員会の公聴会でクリストファー・ライ(Christopher Wray)FBI長官は、米国にある中国政府対外機関「孔子学院」について、スパイ活動などの違法行為に係わる疑いで、捜査の対象にしていると公言した。
2018/02/21

【二十四孝】曽参(そうしん)の親孝行

春秋時代、曽參(そうしん)という人がいました。彼は非常に親孝行で、いつも両親の好みに合わせて食事を作っていました。曽參の父親が亡くなると、曽參は羊棗(やんつぁう、柿の一種)を二度と口にしなくなりました。曽參の父親が大好物だったからです。
2017/02/24