新型コロナウイルスのパンデミックが始まってから数年が経過した今も、中国では毎年、数か月にわたる感染のピークが繰り返されている。微生物学者であり、安全保障アナリスト、米陸軍の元将校、米シンクタンク「コンシリウム研究所(Consilium Institute)」の事務局⻑でもある林暁旭博士は、「コロナは中国から一度として離れたことがない」と指摘し、中国共産党政権が感染の実態を隠蔽し続けていると警告する。
問題は新型コロナにとどまらない。高リスクな生物研究が続けられ、人工知能(AI)と生物研究の融合も進んでいる。慢性的な環境汚染や、自国民を「実験資源」として扱う統治のあり方も問題となっている。林氏は、これらが重なることで、生物学的なリスクが高まると指摘する。
中国における特異な変異株の広がり
現在、中国で流行しているオミクロン変異株「NB.1.8.1(ニンバス株)」は、国内シェアのおよそ98%を占めている。複数の変異株が競合しながら流行を繰り返す他国の状況と比べ、特定の株への集中度が極めて高い。林氏は、このような状況が中国の感染環境の特殊性を示しているとみる。
林氏は、その背景について、中国では繰り返される感染の波を通じて、膨大な数の人々がウイルスに曝露され続けてきたと分析。その過程でNB.1.8.1が中国人集団の免疫背景に適応し、感染や増殖において他の株を上回る優位性を獲得したという。
これは一つの株が環境に適応しきった結果であるとみられ、ウイルスと宿主集団の間に特異な均衡が成立しつつあることを示唆する。
さらに林氏が懸念するのは、同じ変異株による感染が繰り返されることで、集団全体の免疫状態が特定の株に偏る可能性だ。そうなれば、異なる性質を持つ新たな変異株が出現した際、集団として十分に対応できなくなる恐れがある。
林氏は「中国国内のウイルスが循環する環境全体は、巨大な貯水池のようなものだ。そこにどれほどのウイルスが蓄積されているのか、いつ大波が押し寄せてくるのかが最大の脅威だ」と語る。
さらに深刻なのが、感染実態の把握を難しくする情報統制だ。中共当局はこれまでの感染ピークにおける死者数を十分に公表しておらず、林氏によれば実際の死者数は政府発表を大幅に上回っている。
「多くの中国人が何が原因で亡くなったのかすら知らないまま死んでいる」状態が続いている。
度重なる感染が免疫機能に長期的な影響を及ぼしている可能性もあり、林氏はこうした影響が今後の感染症への対応能力全体にも波及することを懸念している。
中共政権下での「不穏な」高リスク研究
一方、中国共産党(中共)政権はバイオセーフティを「国家安全保障の問題」と位置づけ、対外的にも安全管理の重要性を強調してきた。しかし、軍民融合の枠組みの下で高リスクな生物研究への資金提供が続いている。
北京化工大学の生物学研究部門のウェブサイトには「ハイリスクな研究を奨励する」と明記しており、対外的な安全重視の姿勢と研究現場の実態との間には明確な乖離がある。
「ワクチンの開発のため」「ウイルスをより弱毒化するため」「薬剤耐性を減らすため」こうした名目で行われる研究が、軍事目的に転用されることも問題となる。
林氏は「最初は民生目的の研究だったとしても、研究成果や技術知識を一旦軍部が取得すれば、それを高リスクな用途に転用することは容易になる。ある技術を習得してしまえば、それを悪用することも容易になる。特に現在のような時代においては」と分析している。

林氏はさらに踏み込んで、実験室の物理的な安全設備を強化するだけでは根本的な解決にならないと指摘。「最も恐ろしいのは、社会的な危害があるにもかかわらず、研究を敢行しようとする人間の存在だ。そのような人物がいれば、実験室の安全性をいくら高めても意味をなさない。実験室の安全とは、最終的には研究者が何を企図しているかによって左右される」。
そのうえで、林氏は、危険な病原体を作り出すことに意欲を示す研究者が中国の生物研究機関に存在すること自体が、安全設備の議論を根底から揺るがす問題だと指摘した。
「安全とは最終的には、研究者が何を企図しているかによって左右される。危険なことを意図する人間がいれば、物理的な防護はいくら積み重ねても意味をなさない」
AIと合成生物学の融合 膨張する脅威
林氏がとりわけ深刻な問題として指摘するのが、AIと生物研究の融合だ。米アンソロピックは、一部のユーザーがAIモデルを利用し、ウイルスの空気感染能力を高める方法などについて具体的な質問をしていたことを確認している。
林氏によれば、これらの人物は単なる好奇心から質問した一般人ではなく、実際に実験設備やウイルス株にアクセスできる立場の専門家だったという。政府の資金援助を受けていたことも確認されており、アンソロピック側は、こうした人物が実際に実験を行える環境にあることを把握していた。
AIが病原体研究にもたらす変化は、単なる作業効率の向上にとどまらない。
従来は専門的な訓練と長年の経験を必要とした構造分析や変異予測などが、AIの活用によって大幅に迅速化・効率化される。以前は高度な専門機関にしか不可能だった解析が、AIを介することで格段に低いハードルで実現できるようになりつつある。
林氏は「チクングニアウイルスの空気感染能力を高めるにはどうすればよいか」といった具体的な問いをAIに投げかける専門家が現実に存在し、しかもその一部が政府資金を背景に実験設備を保有しているという事実を、「コンピューター上のシミュレーションにとどまらない、現実の脅威だ」と強調している。

また、林氏は、短いペプチドや各種毒素の合成についても、合成生物学への大規模な投資と組み合わさることで、工業的かつ自動化された生産へと進む可能性があると指摘する。
「自然界に存在しない全く新しいウイルスを、設計から人工合成まで行うことは、技術的にはすでに可能な段階に達している」と述べた上で、「AIは両刃の剣だ。麻薬密売人がAIを使って効率を上げるように、危険な病原体の設計を試みる者にとっても同様に機能する。そしてこのプロセス全体が今、急激に加速している。人類がどれほど危険な縁に立っているか、多くの人はまだ理解していない」と語った。
「自然界に存在しない全く新しいウイルスを、設計から人工合成まで行うことは、技術的にはすでに可能な段階に達している。悪意を持つ者が利用できるツールは増え続け、危険な研究を実行するまでの速度も上がっている」
複合的に蝕まれる中国人の健康
こうした新たな生物学的脅威に加えて、林氏が指摘するのは、より日常的かつ長期的に人々の身体を蝕んでいる環境や社会の問題だ。大気や水、土壌などの汚染に加え、社会的な抑圧や精神的な負荷も重なり、中国では健康に影響を及ぼす複数の要因が同時に存在しているという。
数十年にわたる大気汚染や黄砂への曝露は呼吸器に累積的な負担を与え、喫煙などの要因が加わることでその影響はさらに深刻になる。水源や土壌、食品加工過程での汚染も重なっており、林氏は「中国人は確かに、かなり有毒な環境の中に置かれている」と述べる。
こうした環境要因が身体に長期的な負荷を与える一方、林氏は環境リスクに対する社会的な認識にも問題があるとみる。現代の中国社会で「多少不衛生なものを食べても、病気にはならない(不乾不淨吃了沒病)」とよく言われるように「不潔なものを食べても病気にならない」という意識が根強く、環境上のリスクを軽視する傾向がある。
林氏はこれを「すでに身体がダメージを受けているにもかかわらず、症状が出ていないだけの状態だ。病気がないのではなく、今はまだそれほど深刻でないというだけで、実際には身体が消耗している」と指摘する。
自覚症状がないことをもって健康と誤認するこの意識こそが、慢性的なダメージの蓄積を加速させているというのが林氏の見方だ。
さらに林氏は、精神的・社会的な要因も健康を考える上で切り離せないと強調する。社会的な抑圧や暴力、感情の鬱積が身体に影響を及ぼし、免疫系にも悪影響を与える可能性があるという。
加えて、長年にわたって共産主義思想によって植え付けられた唯物論的な解釈で「自分も他者の命も軽んじる」という意識の蔓延が、公衆衛生の基盤そのものを損なっていると指摘。「思想の汚染もまた、人への傷害として非常に大きい。物質的な汚染と精神的な汚染は、互いに補い合いながら中国人の健康を蝕んでいる」と述べた。
実験資源として扱われる国民
林氏が最も強く訴えたのが、中共が自国民を事実上の「実験資源」として扱っているという問題だ。林氏によれば、中共政権が薬品審査・規制を緩和した結果、AIによって設計・最適化された小分子薬物について、病院の倫理委員会による承認を経て人体を対象とした臨床試験に進むことが可能になっているという。
十分な安全性の検証が行われないまま臨床試験が実施され、患者がその事実を知らされないまま被験者となるケースもあると指摘している。上海の新華病院では、毒性評価が完全に終わっていない遺伝子治療薬を6歳の女児に投与し、死亡させた事例も報告されている。
林氏は、こうした実態の背景には、「人を一個の生命として尊重しない」という統治思想があるとみる。「政府にとって、病院の1000人の患者は実験の資源だ。『実験室で100匹のマウスを飼っている』というのと同じ感覚で、5種類の新薬を開発したからそれを試す対象を探すという発想に過ぎない」と述べる。
そのうえで、林氏は、臓器移植のための生体からの摘出が長年にわたって行われてきたことも、同じ論理の延長線上にあると指摘する。
近年、中国のインターネット上では「人礦(人間鉱山)」という言葉が使われるようになっている。人間を鉱産資源のように消耗させる対象とみなすこの概念は、中共の統治思想を端的に表すものだと林氏は指摘する。

国防動員法においても、市民の肉体や財産、知識、データなどが「資源」として動員の対象に組み込まれており、林氏は「言葉を変えただけに見えても、その背後には中国共産党の現在の思考様式が透けて見える」と述べる。
「新型コロナを世界に拡散させた行動が示すとおり、中共にとって自国内で何人死のうと問題ではない。政権を維持できればそれでよいというのが彼らの論理であり、それは中国人に対してだけでなく、国際社会に対しても同様だ」
林氏は、こうした統治思想と生物研究、医療、環境問題などが複雑に結びつくことで生じるリスクについて、国際社会が正面から認識する必要があると訴えた。
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