高市早苗首相は10月5日、召集された臨時国会で所信表明演説を行い、経済再生と外交・安全保障の立て直しを政権運営の両輪に据える姿勢を鮮明にした。首相就任からちょうど1年、先月17日の内閣改造による第2次高市改造内閣発足後では初となる本格的な国会論戦の舞台となる。
自民党と日本維新の会の連立は、昨年秋の衆院選で過半数を大きく超える議席を確保しており、安定した政権基盤のもとで新たな会期に臨む。ただし、参院では与党が過半数を割り込んでいるため、他党との協調を含めた丁寧な国会運営が求められる。
経済政策では「責任ある積極財政」を掲げ、来年度予算で歳出の上限となるシーリングを設けない方針を表明。AI、半導体、量子技術などへの重点投資を進め、民間投資と賃上げを促す考えを示した。
外交・安全保障では日米同盟を「基軸」としつつ、中国については「重要な隣国」と位置付けながら「主張すべきは主張する」と強調。国家安全保障戦略など「3文書」を年内に見直し、防衛力と情報収集・分析能力を強化する方針も示した。
今回の演説を貫くのは、経済力と安全保障を別々の政策課題としてではなく、国力そのものを強化する一体的な政策として進める姿勢だ。会期は12月12日までの69日間の見通しで、政府・与党は、2027年4月から2年間の期限付きで飲食料品の消費税率を8%から1%に引き下げる関連法案や、継続審議となっている衆院議員定数削減法案の成立を目指す。
政策の規模が大きいだけに、今後は「何を掲げたか」以上に、財源を含めてどう実行するかが焦点になる。
「責任ある積極財政」で予算編成を転換
首相は、約30年続いたデフレ的な経済構造からの脱却に強い意欲を示した。春季労使交渉で3年連続となる5%台の賃上げが実現し、国内民間企業の設備投資額が過去最高の128兆円に達したことを挙げ、「企業が投資する」「賃金が上がる」「消費が伸びる」という好循環に入れるかどうかの分岐点にあるとの認識を示した。
その上で、来年度予算ではシーリングを設けず、複数年度にわたる大規模投資を可能にする「『強く豊かな日本』投資枠」を新設する。経済安全保障上重要な分野については、特別会計で「別枠管理」し、複数年度で安定した財源を確保する考えも示した。
従来の歳出抑制を重視した予算編成から、政府が成長分野に先行投資する政策への転換であり、就任1年を経てなお、その路線を一段と押し進める姿勢を鮮明にしたといえる。
積極財政を進めるうえでは、財政規律との両立が常に問われる。首相は、国・地方の債務残高対GDP比を安定的に引き下げ、プライマリーバランスも複数年度で管理する方針を改めて示したほか、補助金や税制優遇(租税特別措置)の徹底的な見直しによる歳出改革も強化するとした。「必要な投資は増やす一方、不要な歳出は削る」という姿勢の表明だ。
もっとも、国内の長期金利は日銀の政策金利引き上げなどを背景に、新発10年国債利回りが1%台前半へと上昇基調を強めており、市場の警戒感は根強い。
中東情勢の緊迫化に伴う原油高や世界的な金利高止まりといった外的要因に加え、政権が目玉として掲げる「飲食料品の消費税減税」の財源をどう具体化するかが市場の最大の関心事になっている。今後の予算編成の中身が、この路線の持続可能性を占う試金石となりそうだ。
AI・半導体に重点投資「投資から成長」へ
成長戦略では、半導体・AI、量子技術、造船、航空宇宙、防災・国土強靱化など17の戦略分野と62の製品を対象とする「官民投資ロードマップ」をさらに具体化し、今後5年間の投資の道筋を示す「日本成長戦略実行計画」を年内に策定する方針を示した。
政府がまとめた日本成長戦略案によれば、2040年度までを見据えた官民の国内投資総額は370兆円を超える規模が見込まれている。
首相は熊本県でのTSMC進出を具体例に挙げ、政府支援を呼び水とした民間投資や関連産業の集積が進み、「世界をリードするメモリー半導体企業のトップから、政府の累積支援額を上回る納税額が期待できる」との報告を受けたことも紹介した。
官民連携による投資促進策が、税収増という形で財政にも還元されつつある好例といえる。政府が投資のきっかけを作り、民間企業が自律的に投資を続ける環境を整えられるかどうかが、この成長戦略の実効性を左右することになりそうだ。
地方への波及策としては、企業の大規模投資を起点とする「戦略産業クラスター計画」など3類型からなる「地域未来戦略」を推進し、年末までに策定・公表件数をさらに拡大させる目標を掲げた。
物価高対策 消費税負担軽減へ
物価高対策では、ガソリン・軽油の暫定税率廃止や電気・ガス料金支援などの効果で、物価上昇率がG7で最も低い水準にあり、実質賃金上昇率もプラスに転じていることを成果として示した。
その上で、中低所得者層の負担軽減を狙い、飲食料品の消費税負担軽減と所得に応じた支援金を柱とする法案の今国会成立に意欲を示した。
財源については特例公債(赤字国債)に頼らないとしており、積極財政と負担軽減策を同時に進めるための具体的な財源の道筋が、今後の国会論戦の焦点になる。
日米同盟を基軸 中国には「主張すべきは主張」
外交・安全保障では、日米同盟を「外交・安全保障の基軸」と位置付け、「力による現状変更」を許さないとの原則を改めて示した。
沖縄の基地負担軽減にも触れ、普天間飛行場の全面返還を目指し辺野古への移設工事を進める考えを示したほか、「自由で開かれたインド太平洋」の深化や、「アジア・エネルギー・資源供給力強靱化パートナーシップ(POWERR Asia)」を通じたアジアのエネルギー安全保障への貢献にも言及した。
関係が冷え込んでいる中国については「重要な隣国」とし、「戦略的互恵関係」を包括的に推進する一方、東シナ海・南シナ海での問題、日本周辺での軍事活動、威圧的措置、邦人の安全、人権上の懸念などについては「主張すべきは主張する」と強調した。
「戦略的互恵関係」という表現は、首相が昨年秋の日中首脳会談で確認した文言でもあり、安全保障面での警戒を緩めない一方、経済・人的交流の分野では安定した関係を模索する「抑止と対話」の両立を図る姿勢と読める。
中国への警戒を強めながら経済関係まで不安定化させれば日本側の負担も大きいだけに、原則を譲らぬ姿勢と関係安定化への努力をどう両立させるかが、今後の外交運営でも焦点であり続けそうだ。
防衛「3文書」を年内見直し 情報・土地も含めた総合的な安保体制に
安全保障政策では、国家安全保障戦略など「3文書」を年内に見直す方針を表明した。安全保障環境が「加速度的に変化し、複雑かつ深刻になっている」との認識の下、防衛力を抜本的に強化する考えを示し、自衛官の処遇改善や退職自衛隊員とその家族への支援強化にも触れた。
前回の所信表明演説では、防衛費のGDP比2%への増額を前倒しで措置する考えを示しており、今回はその土台の上に立って「3文書」の中身そのものの改定に焦点を移した形だ。
設置に向けて動いている「国家情報会議」による省庁横断の情報集約・分析機能(インテリジェンス機能)の更なる強化、防衛施設周辺や国境離島での土地所有権移転に関する規制、マネーロンダリング対策としての法人実質的支配者情報の登録制度導入にも言及しており、装備や兵力だけでなく、情報、土地、経済を含めた総合的な安全保障体制を構築する考えがうかがえる。
「決断、挑戦、実行」問われるのは実行力
演説の最後に首相は「志ある者は、事竟に成る」との言葉を引き、「決断、挑戦、実行」を訴え、「日本列島を、強く豊かに」するとの決意を示した。
今回の所信表明は、高市政権が目指す方向性を比較的明確に示したといえる。経済では政府が成長分野に先行投資し、民間投資と賃上げを促す。
安全保障では日米同盟を軸に防衛力と情報能力を強化する。中国には原則を譲らぬ姿勢を示しながら、対話の余地も残す。経済、産業、エネルギー、防衛、外交を一体の「国力強化」として捉える発想が、演説全体を貫いている。
ただ、今国会は与党が参院で過半数を割る「ねじれ」に近い状態のなかでの運営となり、さらに新閣僚の発言を巡る資質問題なども浮上しており、法案成立に向けた野党との攻防は一筋縄ではいかない見通しだ。
その先にある、積極財政と財政規律のバランス、政府支援から民間主導の成長へのバトンタッチ、中国との対話の維持など、実務における具体的な精度設計の中身こそが、今後の政権の本当の実行力を測る試金石となる。
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