「収容者を金もうけの道具に」中国刑務所の強制労働を元収容者が告発

2026/07/09
更新: 2026/07/09

中国の人権状況をめぐる国際的な関心が高まるなか、福建省漳州刑務所に収容されていた元収容者が、大紀元に対し、刑務所内での強制労働や体罰、政治教育などの実態を証言した。中国共産党当局による人権派弁護士らへの大規模弾圧「709弾圧」から11年を迎えるなか、「良心の囚人」をめぐる処遇にも改めて注目が集まっている。

中国各地の刑務所や拘置所、労働教養施設などには、一般の受刑者だけでなく、自由や権利を求める人権活動家、立憲民主制を求める人々なども収容されている。こうした人々は「良心の囚人」とも呼ばれる。

12人が狭い監房に 「豚や犬以下の食事だった」

福建省漳州刑務所で数年間過ごしたことがある趙明さん(仮名)によると、同刑務所には数千人が収容されており、その中には趙さんを含め、良心の囚人もいたという。

趙さんは、刑務所内の生活環境は非常に劣悪だったと振り返る。狭い監房に12人が押し込まれ、室内には二段ベッドが二列に並び、通路は極めて狭かった。排せつも室内で済ませるしかなく、衛生状態は悪かったという。

「一日三食、食事は豚や犬以下のようなものでした。野菜スープは鍋を洗った水のようでした。まともに食べられないため、歩いたり階段を上り下りしたりするだけで、足元がおぼつかない人もいました」

食事の時間も十分ではなかった。刑務所側は対外的には「一食につき30分」と説明していたが、実際に食べられる時間は「10分、あるいは8分ほど」だったという。

数百人が列に並ぶため、それだけでも時間がかかる。配膳を受け、階段を上って食事場所へ向かうと、食べる時間はほとんど残っていなかった。

「ときには食べきれないほどの料理が出ても、無理に全部食べさせられました。脂身の多い肉など、口にするのもつらいものでも、すべて食べるよう強制されました」

当時の生活で最も強く感じたのは、栄養不足だったという。

「売店で食品を買うことを許されない人は、食後に階段を上り下りしたり、作業に行ったりすると、足がふらついていました。栄養不足の状態だったのです」

ダウンジャケットなどの生産を強いられた受刑者

漳州刑務所では、受刑者にダウンジャケットなどの衣類を作らせる作業が主に行われていたという。収容者は毎日9時間から9時間半、場合によってはそれ以上働かされた。刑務所側が課す作業量は過重で、一般の人が耐えられる範囲を超えていたと趙さんは話す。

「主に衣類を作らされていました。ボタンやズボン、服を作ることもありましたが、大多数はダウンジャケットでした」

縫製の経験がない人も、ミシン作業から覚えさせられた。しかし、作業を学ぶ期間だからといって、負担が軽くなるわけではなかった。

「最初の1か月は、作業を覚えながら働かされても、報酬はなく、ただ働きにされました」

通常、最初の1か月は報酬が一切なかったという。しかも、無報酬であっても作業量が減ることはなかった。

「刑務所側は非常に多くの作業ノルマを課してきます。過酷な作業量です。達成できないと、夜に『学習規範』を書き写させられました。深夜2時、時には4時まで続き、眠ることも許されませんでした」

作業ノルマをこなしても、必ず評価されるわけではなかった。

「作業ごとの報酬は極めて低く、必死に働かなければなりません。必死に働いても、刑務所側は『作業ノルマを達成していない』と言います。そして、仮釈放や減刑の対象から外すのです。さまざまな理由をつけて、受刑者の作業量をさらに増やしていました」

衣類の生産では、化学繊維の中綿を扱うこともあった。

「あの『綿』は本物のコットンではありません。化学材料で作られた繊維です。化学綿と呼ばれるもので、本物のコットンとは違います。長く扱っていると、皮膚がとてもかゆくなりました」

見えにくい暴力 「人間を機械扱い」

生産現場でトイレに行く際も、与えられる時間は数分しかなかったという。走らなければ間に合わず、少しでも遅いと体罰や処罰の対象になった。趙さんは人として扱われていなかったと訴える。

食事にも厳しい時間制限があった。数口食べたところで笛が鳴ると、すぐに扉が閉められ、食事を続けられないこともあったという。

本来は休みの日にあたる日でも、刑務所側はさまざまな形で体罰に近い扱いを行った。長時間座らせて身動きを禁じるといった方法である。生産ノルマを達成できなかった人は休むことを許されず、さらに処罰を受けた。

たとえば、罰として運動場でしゃがませ、十数分から二十分ほどその姿勢を続けさせる。その後、立ち上がらせ、再びしゃがませる。こうした動作を繰り返させたという。

趙さんは、こうした方法を「見えにくい暴力だ」と表現する。殴る蹴るといった直接的な暴力ではなく、姿勢の強制や睡眠妨害、減刑の制限などによって、精神的・身体的に追い込む手法だという。

「しゃがまされた後は、手足の血が巡らなくなります。立ち上がった途端、その場で倒れた人もいました。体罰で死亡した受刑者もいました」

趙さんによれば、現在の刑務所では、直接的な暴力よりも、こうした「見えにくい暴力」が多く使われている。

「以前は直接的な暴力でしたが、今は見えにくい暴力です。ある意味では、直接の暴力よりも深刻です。長時間しゃがませる、売店で食品を買わせない、作業量を増やす、仮釈放を認めません」

生産目標を達成できなければ、日曜日にも掃除などを命じられた。刑務所側は、さまざまな方法で収容者を処罰していたという。

制度全体について、趙さんは中共当局は「全ての中国人を収容し、金儲けの機械のように扱っている」と批判した。

強制的な政治教育 「精神に異常をきたす人も」

労働のほかに、毎週決まった政治教育の時間も設けられていた。趙さんはそれを「洗脳だった」と振り返る。

「毎週、私たちは洗脳されました。テレビを見るときも、手足を動かすことは許されません。監視カメラで常時監視され、少しでも動けば体罰を受け、減点され、減刑にも影響します」

「まるでばかげたように、少しも動いてはいけませんでした。耳を触ることも、かゆいところをかくことも、コップを持って水を飲むことも許されませんでした」

入所直後には、全員が他人を告発する文書や、罪を認めて反省を示す文書を書くよう求められたという。

「刑務所では洗脳教育を行い、思想報告を書かせます。さらに、すべての収容者に反省文や、他人を告発する文書を書くよう命じていました」

趙さんによると、刑務官は収容者を更生させるのではなく、気に入らなければいつでも嫌がらせや処罰を加えるような状況だったという。刑務所内には、殺人、麻薬密売、詐欺など、さまざまな罪名の受刑者が混在していた。無期刑、重刑、短期刑の受刑者も分けられず、一緒に収容されていたという。

「長期間拘束され、洗脳され続けた結果、精神に異常をきたし、ぼんやりしてしまった人もいました」

趙さんは、西側諸国の刑務所は人を社会に戻すための更生を重視する一方、中共の刑務所は人を教育するのではなく、不満や対立を深めていると指摘する。受刑者を人として扱わないことで、社会への不満を強め、極端な行動に向かわせかねないという。

「これによって、私たちは中共の邪悪さをさらに認識するようになりました。本当の元凶は、この制度そのものです」

コロナ 「大勢の人が感染し、非常に恐ろしかった」

趙さんによると、新型コロナウイルスの流行期、刑務所内では多くの人が次々と感染した。

「大勢が感染しました。とても恐ろしかったです。私たちも感染しました。各階の人はその階から出られず、各部屋の人も外へ出られませんでした」

「薬はほとんどありませんでした。私たちも薬がなく、結局、皆自力で耐えるしかありませんでした」

また、全員がワクチン接種を求められたという。趙さんはその後、自身の体調が明らかに悪化したと感じている。

「ワクチンを打って戻ってから、体調がとても悪くなりました。臓器や体の内側まで、まるごと変わってしまったように感じました」

現在も体調は悪いという。

「階段を上ると、体全体に力が入りません。以前よりずっと悪くなったと感じます。白髪もかなり増えました。このワクチンそのものは猛毒のように感じた」と語った。

「収容者を金もうけの道具にしないでほしい」

趙さんは、中共当局が人を利益を生む労働力として扱っていると訴える。

「有罪か無罪かに関係なく、人を捕まえて刑務所に入れ、自分たちの金もうけのための労働力にしているのです」

「刑務所と外部の企業が利益で結びつき、ほぼ無報酬の受刑者に衣類を作らせ、それを低価格で海外市場に流通させています」

趙さんによると、収容者が作った衣類は主にドイツなどヨーロッパ諸国へ輸出されていたという。

「ドイツへ売られるものもあれば、EUの多くの国へ売られるものもあります。私たちが作った服は、刑務所の受刑者が作ったものです。しかし外では別のラベルを貼り、外部の工場で生産されたように装っています」

刑務所側は受刑者に賃金を支払っていると説明しているが、実際の報酬は1人あたり月に数十元、最も多くても100元程度だったという。

中国人権問題に対する国際社会の関心が高まるなか、趙さんは、世界中の人々に中国の刑務所の実態に目を向けてほしいと訴える。そして、中共に人権状況の改善と、刑務所内の強制労働の廃止を求めてほしいと呼びかけた。

趙さんによれば、国際社会が中国の人権問題に関心を寄せ、収容者たちが命をかけて告発を続けてきたことで、刑務所内の環境には一部で改善も見られるようになったという。

呈工
駱亜
中国語大紀元の記者、編集者。