9月11日、中国の俳優・于朦朧(アラン・ユー、37歳)が北京の集合住宅から転落死した。警察はわずか12時間で「酒に酔った末の事故」と結論づけ、母親名義の声明もその見解に追随した。
だが、事件は沈静化するどころか、かえって疑念を深めている。芸能界の沈黙、市民の抗議、そして当局による強権的な統制へと事態は広がりを見せている。

消される声 沈黙する芸能界
共演者や香港の芸能人はSNSで「当夜の関係者は真実を語れ」と訴えたが、投稿は即座に削除され、アカウントも封鎖されている。
台湾の著名マネージャー・孫徳栄氏は「資本家や芸能界を超える上層部が動いている」「加害者を守る力はあまりに強大で、警察さえ従わざるを得ない」との見方を示している。
さらに、香港映画界の「ドン」と呼ばれる大物マネージャー・向太(陳嵐)氏は、普段は政治や業界の不祥事にも遠慮なく発言する人物だが、配信中に「これは話せない」と口を閉ざした。この異例の態度は、事件が芸能界の権力者すら恐れる「禁区」であることを強く印象づけた。
于朦朧の死をめぐる主な説
真相が覆い隠される一方で、ネットでは「5つの死因説」が飛び交っている。
公式版「事故」説
酒に酔った事故、または自殺とする当局の説明。だが12時間で結論を急ぎ、同席者を調べなかった点が批判を浴びた。
「性的暴行」説
于朦朧は業界の権力者から繰り返し被害を受けており、事件当日も酒席で抵抗した末に命を奪われたのではないか、との噂が広がっている。
「二つの現場」説
遺体が見つかった場所は「移された後の偽装現場」であり、真の現場は別にあるのではないかとする説。監視映像や現場痕跡の食い違いがその根拠とされている。
「派閥闘争」説
この事件は単なる芸能界の悲劇ではなく、中国共産党内部の権力闘争の一環だとする見方である。江派勢力が習近平の側近である蔡奇を狙い撃ちしたとの臆測まで出ている。
「生贄」説
さらに陰謀論的ではあるが、不気味な「いけにえ説」も拡散している。于朦朧の誕生日が習近平と同じ6月15日であること、過去に不審死した歌手・喬任梁の誕生日が習近平の父・習仲勲と同じ10月15日であることが指摘され、「若い芸能人が権力者の身代わりとして捧げられた」との噂が広がった。荒唐無稽に思えるが、徹底的な情報封鎖が陰謀論をかえって助長している。
市民の抗議と徹底した封鎖
中国版SNSでは「火のないところに煙は立たない」「沈黙の羊でいれば、いずれ自分の番が来る」といった声が相次ぎ、抗議の書き込みはむしろ広がった。「真相を公表せよ」「立件せよ」との要求があふれ、中国共産党の官製メディア・中央テレビ(CCTV)の公式アカウントには一時69万件を超える抗議コメントが殺到した。
こうした一斉投稿は「衝塔」と呼ばれ、摘発のリスクが高い。それでも「私は彼のファンではない。ただの通りすがりの市民だ」と名乗る人々が、削除や封鎖を恐れず声を上げ続けている。
しかし当局は徹底した削除とアカウント封鎖で応じた。本当に事故であるなら、そこまで隠す必要があるのかという不信感は、むしろ広がり続けている。

「デマ拡散者」の逮捕と「芸能ゴシップ禁止令」
9月21日、北京警察は改めて「酒に酔った末の事故」と発表し、事件に関する情報を広めた3人を「デマ拡散」の容疑で拘束した。さらにSNS上に出回った「性接待の強要」や「監視映像の消失」といった投稿も処罰の対象とした。
同時に中国のネット規制当局は、中国のSNS「ウェイボー(微博)」や「レッド(小紅書)」などに対し厳しい警告と是正命令を出し、芸能人関連の話題そのものを禁じる「芸能ゴシップ禁止令」を発動した。だが、その異常なまでの強硬姿勢はかえって疑念を深め、「本当に事故であれば隠す必要はない」という声が市民の間で広がっている。

中南海(政権中枢)の影と消えない疑念
事件の背後には、習近平の側近・蔡奇の私生子とされる映画プロデューサー「辛奇」や、習近平の遠縁とされる人物が関与しているとの噂も浮上している。
もちろん、こうした憶測に正確な裏付けはない。しかし、当局の徹底した情報封鎖と芸能界の沈黙は、「背後に中南海(中共上層部)の影がある」という世論の印象を一層強めている。
沈黙する芸能界、消されていく市民の声、動こうとしない当局。真相は闇に沈み、その闇は日ごとに深さを増している。

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