『三国志』の英雄のひとり劉備の出身地として古くから知られていた涿州(たくしゅう)は、大洪水の被災地として再び有名になってしまった。
河北省保定市の県級市の一つである涿州市は、当局による事前通告なしのダム放水により、住民が避難する間もなく市のほぼ全域が水没した。その涿州市は、水没から数日が過ぎた今、中国軍に所属する武装警察(武警)の部隊が市内の救助活動を全面的に引き継いでいる。
民間の有志の救援隊は、悲惨な被害の実態を映像で外部に漏らす恐れがあるため、半ば強制的に「撤退」させられた。代わって武警が投入されたのは、その理由による。つまり、被災民の救援が第一義ではなく、情報封鎖が主要な目的といってよい。
その涿州市において、市長や書記(党書記、市の実質的なトップ)はどこへ行ったのかと「捜索」をネット上で呼びかける運動が展開されている。ただし、今回の「捜索」は失踪者を探すためのものではない。
政府のあまりの不作為に不満を募らせた市民が「市長はどこ?」「書記同志はどこへ行った?」という尋ね人広告を拡散させる形式によって「災害時に全く顔を見せない無能な政府」を揶揄し、非難しているのだ。
「市長は、どこへ行った?」
8月4日以降、中国のネット上では以下のような内容の「尋ね人広告」の投稿が広く共感を呼び、多くのネットユーザーが相次ぎこれを拡散している。
「大至急、涿州市長や書記を探しています。何日も連絡がとれません」
「涿州は、未曾有の災害に見舞われている。人民は、この大局をつかさどる人を必要としている。そして人々は、真相を求めている!」
「尋ね人広告:災害発生以来、政府の人を見ていない。市長や書記はどこへいった。危機管理の責任者は、どこにいるんだ?」
「この人たちは、何事もないときは毎日(ムダな)会議を開いているくせに、何か起きると集団失踪するのか!」
「災害のとき、市民は自助を余儀なくされている。(ボランティアの)救援隊の食事も寝具も、全て市民が提供した。政府部門の人たちは、どこへいったんだ。早く帰ってきなさい。首長がいないのはダメだ」
中国の場合「市長」という行政の長は極めて形骸的なものであり、実質的な権力は「党書記」が握っている。社会主義体制における「書記」とは、単なる記録係ではなく、人事権をふくむ各種の権限をもつ。そうした奇形的な権力構造に、この体制の救い難い後進性があるといってよい。
今の中国では望むべくもないが、日本や台湾などの民主的な選挙で選ばれた市長であれば、このような災害時に逃げて姿を隠すはずはなく、被災者救援の陣頭指揮にあたるだろう。これとは対照的に中国の首長は、住民に対して奉仕的な責任を負う気など毛頭ないのである。
「軍隊が引き継ぐ」の真意は何か
現在(8月7日)涿州市の中心部では水が引いているが、場所によっては依然として水深がふかく、出入りすることができない地域も多い。「水が完全に引くのは、1カ月かかるかもしれない」とする当局の発表からして、今後も状況によってはダム放流が続くとみられている。
今月5日、涿州市の市民である陳さんは、エポックタイムズに対し「河北省の武装警察部隊500人が今日(5日)涿州市入りした。彼らは、現地の救助活動を全面的に引き継いだ。中央政府からの救援物資も、たった今到着したばかりだ。これまでの物資は、市民があちこちから懸命に集めてきた。今までは、全て市民による自力救助でやってきた」と明かした。
被災地の実態について、陳さんは次のように語った。
「涿州市清涼寺馬坊村での救援に携わったボランティアによると、あの村では、死体が至る所に転がっているという。地元政府は、民間の救援隊がこの実態を写真や動画に撮ってネットに投稿するのを恐れ、神経を尖らせている」
陳さんはそう述べて、民間の救援隊に代わって、軍所属の武警が投入された本当の理由を明かした。つまりは、被災者救援ではなく「機密保持」のためであるという。
また陳さんは「しばらくは、河北産の豚肉は食べないほうがいい。あれは何日も泥水に浸かって死んだ豚の肉だ。疫病防止のため、いま焼却処分の準備をしている」として、死んだ豚の肉がこれから市場に出回ることに注意を呼び掛けた。
すさまじい情報統制で「ドローンを撃墜」
中国当局は、被災地の真相が外部に漏れることを厳しく統制している。救援活動の過程でモバイルネットワークを「違法」に使用したり、救助の様子や被災地の状況を外部に向けて「違法」にライブ放送を行った一部の救援隊員は、実際に当局によって逮捕されている。ただし「違法」であるか否かは、完全に当局側の判断による。
また、政府部門は「許可なく」被災地を撮影していた複数のドローンを撃墜した。これらの事例は、中央宣伝部による「見せしめ」として公開し、各方面に圧力をかけている。
これに先立ち、多くの民間救援隊は撤退を余儀なくされており、救助隊員のSNSアカウントが相次いで封鎖される現象も起きている。純粋に被災者救助を志願して現地入りしたボランティアの救援隊が、目の前に要救助者が無数にいるにもかかわらず撤退させられることに、思わず悔し涙を流す映像も流れている。
エポックタイムズの取材を受けたドイツ在住の水利専門家である王維洛氏は、次のように指摘する。
「涿州より、もっと被害が深刻な地域も多くある。しかし、情報封鎖が行われているせいで現地から外部へ情報発信ができす、その実態が伝えられていないだけだ」
水没した被災地の実状は、我われの想像を絶するほど悲惨であることは間違いない。「その実態が伝えられていないだけだ」と王維洛氏も述べている。
被災地に蔓延する「役人がらみの不正」
涿州市での救援に携わる民間ボランティアの張さんは、現地政府の不作為や無能ぶりについて糾弾する投稿をSNSに投稿している。張さんは、自身が涿州市での救援活動で目にした数々の「良からぬ現象」について、以下のように書いている。
「災害時だというのに、酒を飲んでいる現地役人を見た。うちのところの被災状況は大したことないよ、などと言いながらだ。それから、救援物資を何がなんでも自分の倉庫(つまり横領)に入れようとする役人も見た。口ばっかりで、結局、あいつらは何もしない役人だ」
「涿州市のある町役人は、民間から寄付された救援物資の受け入れを拒否した。市当局は、これらの救援物資を我われボランティアが直接被災民に手渡すのを許さない。救援物資を指定する倉庫(それは役人が着服することを意味する)に入れなければ寄付の受け入れを拒否する、と言われたよ。しかし、その翌日、現地からお腹を空かせている被災民が5000人もいる、というSOSが発信されているんだ」
「民間から(被災地へ)救援物資を送ると、現地の役人は『これ以上送ってくるな。多すぎるよ。さばききれない』と言って拒否する。だが、平常時は1本3元のミネラルウォーターが、今では5元にまで高騰している」
最後に陳さんは「こんな状態だから、災害が起きても、寄付することを迷っている人は少なくない。本当は寄付をしたいが、寄付しても被災民に届かないのだ」と嘆いた。
もちろん、このような被災地に蔓延する「役人がらみの不正」を知らない中国人はいない。
「お金を寄付すれば役人に着服される。救援物資を送れば現地政府の倉庫に入れられて高く転売され、最終的に被災地の物価を吊り上げるはめになる」。そうした現象は、これまでも災害が起きるたびに中国各地で起きてきた。被災地に襲いかかる「人災」は、まさに止まるところを知らない。
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