2017年11月、中国の国家主席・習近平氏は、国内の観光業を発展させるため各地に「清潔なトイレ」を整備するよう指示した。
これを「習近平氏のトイレ革命」と呼ぶメディアも少なくなかった。実際、中国の一部の公衆トイレは、例えば個室の壁がなく「丸見え」など、外国人観光客が使用するには一定の「勇気」を必要とするものであった。
ただし本記事で以下に扱う「トイレ革命」は、習氏が推進するトイレの整備や美化とは関係がない、全く別のものとご理解いただきたい。
もう一つの「トイレ革命」があった
では、何についての「革命」か。
2018年、情報の発信元は不明だが、病院や大学などのトイレの(個室の)ドアの内側に「打倒中国共産党」など政府に反対するスローガンを書くよう市民に呼びかける文章がネット上で拡散された。トイレの個室には、さすがに監視カメラはついていない。
この年は、まだ「中共ウイルス」感染拡大によるパンデミックが始まる前である。ただ、中国国内では「不正ワクチン」の被害を受けた児童の家族による一連の権利擁護運動が行われていた。その一環として「トイレのドアに反政府スローガンを書く革命」が生まれたのである。
当時、ネット上には北京、南京、杭州、上海などの児童医院(小児科病院)内のトイレに「打倒共産党」などのスローガンが現れたことを伝える画像が相次いだ。人々は、これを「トイレ革命」と呼んだ。
上海の反体制異議者である季孝龍(き こうりゅう)氏は当時、ネット上で「このトイレ革命に積極的に呼応しよう」と人々に呼びかけた。
たったそれだけの発信であったが、季氏は4年前、3年半という重い実刑判決を受けることになった。季氏は服役を終え、出所した。
不屈の反体制異議者、その名は季孝龍
その季氏がこのたび「騒乱挑発罪(寻衅滋事)」の容疑で訴追され、再び裁判にかけられている。季氏の今回の裁判は、先月21日に上海の裁判所で開かれた。
季氏の家族や関係者によると、「裁判所は、裁判開始の3日前には裁判日時を告知しなければならない規定を守らず、2日前になってから被告である季氏に告知した。そのため、弁護側には十分な準備の時間が与えられなかった」という。
また裁判所は、弁護士による文書コピーを許可しなかったほか、 「証人に対する質疑」や「違法収集証拠の排除」といった重要なプロセスについても、法律で定められた通りには行わなかった。
季氏の父親は、息子が主張する無罪を全面的に支持するとともに、「今回の裁判は違法なものだった」と米政府系メディアのボイス・オブ・アメリカ(VOA)に訴えた。
裁判所は有罪の証拠として「季氏が(ツイッターで)国家指導者を公然と侮辱したこと」を挙げている。
しかし、本当の理由はそうではなく「2022年3月28日から始まった上海の無謀な都市封鎖(ロックダウン)に関連して、季氏が(上海当局を)責任追及をしたからではないか、と季氏の周囲はみている」とVOAが伝えた。
確かに季孝龍氏は、3年半の服役を終え、出所してから1年も経たない昨年4月、在住する上海市の都市封鎖期間中に自身のウェイボー(微博)、ウィーチャット、ツイッターなどのSNSに「上海市民による、人民のための請願」と題される請願書を投稿した。
この投稿は広く拡散され、注目を浴びた。季孝龍氏という不屈の反体制異議者は、3年半の服役を経ても、その硬骨ぶりが萎縮することはなかったのである。
上海市トップ・李強に「書簡で辞任要求」
季氏はその請願書で、上海当局に対して「ゼロコロナ政策の即刻停止」のほか、「企業や個人所得税の減免」「行き過ぎた防疫政策によって命を落とした市民への賠償」「市民に対する補助金の支出」「疫病情報を発信したことで拘束された市民の釈放」などを求めた。
同じく昨年8月、季氏はここで実名を名乗って、当時の上海市トップ(党委書記)であった李強氏に対し、公開書簡を送付した。李強氏は現在、国務院総理である。
その公開書簡の内容は、上海市の都市封鎖が引き起こした人道的災害を批判するとともに、李強氏に対して、辞任および全ての責任を取るよう求めるものであった。
その後、季孝龍氏は再度当局によって連行され、刑事拘留された。
大胆と言うしかないが、こんな中国人が市井にいることに驚くとともに、これこそ「死なせてはいけない人物」の一人であると言ってよい。
昨年の6月4日(それは六四天安門事件の記念日であるが)天安門事件の元学生リーダーらが主催する「青年中国人権賞」が、季孝龍氏に授与された。
季氏は、はじめ「トイレ革命への呼応の呼びかけ」など匿名による方法で自身の抗議の意を表していた。それがついには、人民のために公然と合法的な請願をし、実名を名乗って中共高官に責任追及の公開書簡を送付するまでになったのである。
こうした季氏の「行動変化のパターン」について、「抑圧された中国の一市民が、いかにして当局に立ち向かうようになったのか」の典型的な例を示したと分析するアナリストもいる。
燃え広がる「星火燎原」の火種
2018年の「トイレ革命」の後、北京当局の政策に異議を唱え、反対する声が中国各地でしばしば上がっている。それはまさに「星火燎原(燎原の火)」のごとく広がり、中国大陸に根をはる中国共産党という毒草を焼き尽くさんとするものである。
昨年1月、広東省深圳市羅湖区では抗議のスローガンを掲げる市民が現れた。
同年10月には、世界中のメディアも報じた「ブリッジマン」こと彭載舟氏による、北京四通橋での単独抗議事件が起きた。
同年11月~12月には重慶で「我に自由を与えよ。然らずんば死を (不自由,毋寧死 )」と堂々と叫ぶ「超人哥(超人兄さん)」が現れた。これをスマホで撮る周囲の民衆も「あなたは大英雄だ」と称えた。
それから間もなくして、中国各地および世界の多くの大学内で、中国共産党に不服従を示す「白紙運動」が巻き起こった。
今年6月には、北京の国家体育場近くの塔に登り、米国国旗のような垂れ幕を広げて、自由と民主を求める主張が書かれたビラを撒こうとした女性が現れた。同月、北京大学内でも「一党独裁の廃止」を求めるプラカードを掲げた若者が現れている。
以上に挙げた抗議事件のなかでは、彭載舟氏や「白紙運動」の複数の参加者を除けば、当局に逮捕されたであろう抗議者たちの消息は未だに外部に知られていない。
あの時の勇気ある抗議者は今、どうなっているのか。生命もろとも「消された」のだろうか。
これについて中国当局は、抗議者関連の情報を一切発表しておらず、官製メディアも沈黙したままである。つまり「違法だから処罰した」とも言えず、ただ沈黙することで、民衆から「英雄」が忘れ去られるのを待っているのだ。
その「沈黙」が一つの結論を明示している。中国共産党にとって、一般民衆が恐れず反旗を翻してくることが実は最も恐ろしい。
それはさながら、十字架を忌避する吸血鬼のように、「真実」を突きつけて不服従を示す民衆の出現こそが、中共には最大の脅威だからである。
今後も、そうした勇気ある民衆の出現が続けば、かつての「トイレ革命」が本当の体制変更の革命にもなり得るだろう。そして「その日」は、さほど遠くないところまで来ていると考えてよい。
それは、なぜか。例えば、下の動画にもみられる民衆を暴力的に取り締まる黒服の警官たちのなかに、本気で中国共産党を信奉している人間など、一人もいないからである。
もらう給料が枯渇すれば、もはや警察も城管も動かない。彼らが民衆に対して野獣のような凶暴性を発揮するのは、そこから報酬が得られ、他に就ける職業はなく、また今まで暴力を加えてきた民衆からの報復を恐れるからである。
市民レベルの視点から見れば、中共の現体制は、いつ崩壊してもおかしくない。
(昨年10月には、世界中のメディアも報じた「ブリッジマン」こと彭載舟氏による北京四通橋での単騎抗議事件が起きた)
(昨年11月、重慶で「我に自由を与えよ。然らずんば死を (不自由,毋寧死 )」と叫ぶ「超人哥(超人兄さん)」と呼ばれた男性。)
(「超人哥」が逮捕される場面。)
(今年6月、北京の国家体育場近くの塔に登り、米国国旗のような垂れ幕を広げて、自由と民主を求める主張が書かれたビラを撒こうとした女性が現れた。)
(今年6月、北京大学内でも「一党独裁の廃止」を求めるプラカードを掲げた若者が現れた。)
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