いま華人圏のSNS上では、なんとも不思議な動画が拡散されている。
どこかの農村の風景らしいが、詳しい場所などは分からない。田舎風の墓の前で、大げさに土下座する男性の姿がある。
よく見ると、今ではほとんど見かけなくなった中山服(ちゅうざんふく)である。日本語では庶民が着る「人民服」と混同されやすいが、この男性の着ているものは幹部がつかう高級品であろう。
色も一般的な紺や黒ではなく、かえって目立つライトグレー。頭髪や容貌は、中国人なら誰でも分かる、あの人物。毛沢東である。
動画投稿者は「ある村民は毛沢東によく似た特別な人を雇い、毛がかつて発動した文化大革命(文革)の最中に死んだ両親の墓に(毛の代わりに)土下座させたのだ」と書いた。動画の字幕によると、文革のなかで母親は餓死し、父親は粛清されて命を落としたという。
くり返すが、この映像の詳しい背景や意図は分からない。昔の中国なら命はなかったような内容であるが、それを承知で笑うためのパロディであるらしい。べつに真面目に墓参りしているわけではなさそうだ。
叩頭(こうとう)とは、頭を地に打ちつけて謝罪する、または敬うべき相手に最敬礼することを指す。謝罪の意味では、日本語の「土下座」にちかい。
お値段については「叩頭ひとつで50元(約千円)」だそうだ。字幕にあるように「三叩九拝」すれば、この役者が得られる1日のペイは果たしていくらになるのだろう。
関連投稿には「いいね!」の歓声が上がっている。
コメント欄にも「これは良い職業だ。将来性がある」「こういうのは必要だ。とても良いアイディアだ。広めなければならない」「世の人に、毛沢東は殺人悪魔であり、偉大な救世主などではないことを知らしめる必要がある」などの声が多く寄せられた。
大躍進政策に失敗した毛沢東が、劉少奇を政敵として、権力奪還のために発動した政治闘争である文化大革命(1966~1976)は、当時の中国に10年に及ぶ大混乱をもたらした。その文革は、1976年9月に毛沢東が死去し、翌10月に「四人組」が逮捕されることで、ようやく終焉する。
文革が中国人に巨大な災難をもたらしたことは言うまでもない。なかでも学生が教師を殴り殺し、子が親を密告するなど、中国伝統文化が大切にしてきた人倫や道徳を徹底的に破壊したことは、文革の悲劇のなかでも最たるものであった。
1949年に中国共産党が政権を奪取して以来、今日に至るまでの「非正常な死者数」は8000万人に上ると言われている。
1959年から61年まで、毛沢東による大躍進政策の失敗が招いた大飢饉は、中国全土で数千万の餓死者を出した。これに対し、文化大革命に関連する犠牲者数は(多すぎて分からないという意味で)不明だが、およそ「2000万人以上が死んだ」というのが中国人のなかでは語られている。
文革の場合は、飢饉による餓死とは全く異なり、人間に恐るべき魔性が憑りついたことによって「人が人を惨殺する」集団狂気となった。さらには漢民族のみならず、チベット人、ウイグル人、モンゴル人なども大量虐殺された。
それを発動した毛沢東の罪は死後も免れないが、その人物の肖像を天安門に掲げ、防腐処理した遺体を記念堂に置き、紙幣の顔にしているのが今の中国共産党である。
「毛沢東のそっくりさん」を土下座させる光景には、中国人の忘れがたい、深い思いがあるのかもしれない。
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