神を創造主とする考えを退け、『人間は神に似せて造られた尊い存在である』という文化を超えた共通認識を否定したことが、赤ん坊の命の価値を軽んじることにつながったのである。
論評
確かに、物事が変化して新しい環境に適応するという広い意味であれば、世の中のものは「進化」する。ウイルスや思想、流行などが変化するのもその例だ。しかし、そうした変化によって、まったく新しい生物の種や未知の区分が生まれるわけではない。「新系統」や「亜種」といった言葉でごまかされがちだが、この根本的な事実に変わりはないのだ。
別の言い方をすれば、スカートが進化してアップルパイに変わることはあり得ない。そんなことを口にするだけでも馬鹿げていると感じるだろう。だが率直に言えば、ある生物がまったく別の種へと進化したと信じるのも、それと同じくらい不合理なことなのである。
実際に新しい種が生み出されたという直接的証拠の欠如に加え、ランダムな変異を通じてダーウィン流の進化が機能する確率は極端に低く(事実上ゼロに等しい)、化石記録における中間種の間には途方もなく巨大な空白が存在する。驚くほど年代順を無視した独創的な手法で、科学者たちは動物やその体の一部を一列に並べ、一種の「ダーウィンに触発された芸術作品」を作り上げてきた。そこには多くの希望的観測と図解技術が見られるが、実際に変化を遂げた種の首尾一貫した連鎖などどこにも存在しない。
もちろん、何を信じるかは個人の自由である。だが悲しい現実は、ダーウィンが生み出した疑似科学(ジャンクサイエンス)に対する制度化された信奉が、我々の文化に広範で不可逆的な悪影響を及ぼしてきたということだ。
その一例が、歴史に対する認識である。エジプトのピラミッドの巨大で精密な石組み、ガボン共和国にある20億年前の原子炉、トルコにある1万2千年前の遺跡ギョベクリ・テペ(ほんの数例に過ぎないが)を見れば、我々の文明以前に高度な人類文明が存在した可能性を残しておくことは極めて合理的である。しかし、ダーウィニズムという盲信集団は、そうした可能性を頭ごなしに退けてしまう。単細胞生物からアインシュタインに至る「進化という名の神聖な神秘」を成り立たせるためには、途方もない歳月が必要であり、その説明のつじつまを合わせるためだ。
ダーウィン的な進化論のタイムラインがなければ、グラハム・ハンコックをはじめとする先史文明に対する偏見のない研究者たちの知見を通じ、我々の古代史の教科書はおそらくまったく異なる姿になっていたはずだ。
さらに深刻なのは、中絶が主流派に容認されたことによってもたらされた、人間の生命の破壊である。これもまた、ダーウィンの木から落ちた腐った果実の一つにほかならない。創造主としての神の座を事実上奪い、人間は神の似姿であるという超文化的な信念を否定したことで、人間の赤子の価値は切り下げられた。霊的な義務感は、個人の都合へと取って代わられたのである。
『ハーバード・クリムゾン』紙には、「ダーウィニズムのレンズを通して見れば、中絶は女性が生き残る確率を高め、限られた資源をめぐる競争を勝ち抜き、将来より有利に子孫を残すための道具と見なせる」と記されている。このハーバード大学の寄稿者は、中絶が横行する土壌となった、ダーウィニズムに支えられた浅薄な唯物論的視点を白日の下に晒している。
1920年に中絶を近代国家として初めて公認したのがソビエト連邦であったことは、決して偶然ではない。この共産主義の大国は、筋金入りのダーウィニストたちによって打ち立てられた。ソ連の指導的科学者であったニコライ・ヴァヴィロフが「我々は今やダーウィニズムの教えを大いなる高みへと引き上げている」と語った通りである。
中絶擁護派であり、プランド・ペアレントフッド(全米家族計画連盟)の創設者であるマーガレット・サンガーもまた、ダーウィニズムの信奉者であった。彼女はその台頭をもろ手を挙げて歓迎し、「伝統的な神学の世界観(天国)は、ダーウィン流の科学によって完全に崩壊させられた」と記した。
彼女はまた、後にナチスが悪用することになる「優生学」――すなわち人間を選別して繁殖を人為的に管理する思想――の熱烈な信奉者でもあった。サンガーにとって中絶とは、そうした人間管理の不可欠な一手段にほかならなかった。1920年、彼女はこう記している。「優生学の狙いは人類が抱える苦しみの根源を突き止めることにある。人類を絶えず動き、変化し、進化し続ける一つの生命体として捉え、世代交代を繰り返しながら、自らに内在する欠陥を洗い落としていくのだ」。要するに、ダーウィン的進化によって生まれた人類は、中絶を行うことで自らの進化をさらに推し進めることができる――少なくともサンガーの頭の中では、そう信じられていたのである。
1967年、テネシー州は学校での進化論教育の禁止を撤廃した全米初の州となり、翌年には米連邦最高裁判所がそうした禁止令をすべて違憲と判断した。時を同じくして、1967年には米国の各州が中絶の禁止を撤廃し始めた。この時期の一致は偶然ではない。
法に関わりなく、合法化以前から多くの女性が中絶を行っていた。しかしその行為は、今日において罪のない成人を殺害することが当然のように白眼視されるのと同様に、当然のこととして軽蔑されていた。1821年にアメリカで最初の州による禁止法が成立する前であっても、中絶には不名誉の烙印が押されており、妊娠中期に胎児が動き始める(当時は「胎動」と一般に呼ばれた)前にのみ許容されていたに過ぎない。
ところが昨年、アメリカでは妊娠中期以降――つまりおそらく胎児が動いた後に――推定7万件以上の中絶が行われた。
要するに、アメリカ人の心情や意識において、かつては決して許容しなかったこと、すなわち妊娠初期を過ぎてからのものも含め、中絶を社会的・法的に主流として受け入れるという地点へと至らせる重大な変化が生じたのである。
その変化をもたらした要因は、ダーウィニズムとネオ・ダーウィニズムの浸透である可能性が高い。これらの理論に存在する決定的な欠陥を直視しないことは、単なる知的な怠慢にとどまらず、殺人に加担しそれを教唆しているに等しい。

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