女児死亡事件 中国の遺伝子編集臨床試験の参入基準が異常に低い実態を露呈

2026/07/31
更新: 2026/07/31

6歳の女児が、実験的な遺伝子編集治療を受けた後に死亡した。業界関係者によると、中国ではこうした試験を実施するための基準が異常なほど低く、研究型病院の承認さえ得れば、研究者はこのような議論を呼ぶ臨床試験を進めることができる。

さらに科学者からは、この事件が中国の臨床試験における「リスク評価、透明性、組織的監督の重大な欠陥」を露呈したとの指摘も出ている。

国際的に権威のある学術誌「サイエンス(Science)」と論文撤回を監視する団体「リトラクション・ウォッチ(Retraction Watch)」が7月23日に共同発表した調査によると、2025年、上海交通大学付属新華医院で、神経発達に関係する遺伝子変異の修正を目的とした個別化治療を受けた6歳の女児が、治療の1週間後に死亡した。

仮名を小美という女児は、脳を対象とした遺伝子編集治療を受けた世界初の患者として知られ、患者が1人だけの臨床試験の対象者でもあった。

この知らせは、世界の研究界と生物医学界に衝撃を与えた。この症例を詳細に検討した複数の外国人遺伝子治療専門家と生命倫理学者は、中国の医師が治療前に、この治療法のリスクを女児の両親に十分説明しなかったのではないかと疑問を呈している。

この試験は、上海交通大学脳科学センターの神経科学研究者、仇子龍氏が主導し、研究者主導臨床試験(IIT)の方式で行われた。

中国共産党「追い越し」のため臨床試験の規制を大幅緩和

先端治療分野で競争上の優位性を維持するため、中国共産党(中共)当局は臨床試験の開始に関して異例の規制上の柔軟性を認めてきた。その目的は、中国のバイオテクノロジー産業の急速な発展を促し、米国や欧州のバイオテクノロジー産業を「カーブで追い越す」ことである。

「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」は7月29日、中国のIIT制度では、研究者は研究型病院の承認を得るだけで、国の規制当局の承認を受けずに新たな治療法を人体で試すことができると報じた。こうした制度が、中国のバイオテクノロジー産業の急速な発展を後押ししたという。

バイオ医薬品業界メディア「Endpoints News」が2025年12月に掲載した記事によると、中共のIIT制度は、企業や機関に対し、実験的治療法に実用化の見込みがあるかどうかを判断するための柔軟な手段を提供している。これは、国の主管当局による厳格な審査・承認を必要とする従来の臨床試験とは全く異なる。

同記事はまた、この仕組みが中国のバイオテクノロジー産業による西側の競争相手への追い上げを助け、特に細胞治療と遺伝子治療の分野で、中国の競争勢力としての地位を固めたと指摘した。

業界関係者「中国のバイオ医療規制には重大な欠陥」

威海新蘭生物科技有限公司の最高経営責任者(CEO)、王浩然氏も「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」に対し、この点を認めた。同氏は、中国が複数の先端医療分野で急速な進歩を遂げた理由の一つとして、その制度が厳格な監督下で初期段階の臨床研究を実施する際、より大きな柔軟性を認めていることを挙げた。

王氏は「この事件は、リスク評価、透明性、組織的監督の重大な欠陥を露呈したように見える。特に子どもを対象とした初の人体遺伝子編集治療については、より強力な安全確保措置が必要であることは明らかだ」と述べた。

小美が患っていたスナイデルス・ブロック・カンポー症候群(Snijders Blok-Campeau syndrome)は、CHD3遺伝子の変異によって生じるまれな神経発達障害であり、発達の遅れ、言語障害、知的障害、自閉症の特徴を引き起こす可能性がある。しかし、小美の症状は比較的軽く、生命を脅かすほどではなかった。

患者のリスク管理を誰が担うのか 倫理委員会は形骸化

2023年7月に小美の父親が仇子龍医師と連絡を取ってから、2025年3月に上海新華医院で臨床試験が行われるまで、手術に大きな死亡リスクがあることを正直に説明した医療関係者は一人もいなかった。

手術が成功すれば、小美は脳を標的とする遺伝子編集治療を受けた世界初の患者となり、仇氏は国内外で名を上げるはずだった。しかし7日後、小美は重篤な免疫反応によって死亡した。死因は治療に関連していたとみられている。

複数の生命科学者によると、小美が受けた治療は極めて危険性が高かった。主な理由は、患者の体内に大量のウイルス粒子を注入する必要があるためである。標的細胞に到達して塩基編集の仕組みを作動させるウイルスはごく一部にすぎないため、十分な数の脳細胞を修復するには、数千億個のウイルス粒子が必要となる。

調査によると、仇氏の前臨床試験でこの治療を受けた4匹のサルは、投与量にかかわらず、いずれも中等度から重度の肝障害を発症した。しかし、仇氏のチームは人体試験を進める方針を変えなかった。

新華医院の倫理委員会は、サルの毒性試験報告書が公表される1か月前の2025年1月2日に、この臨床試験を承認していた。言い換えれば、同委員会はこのマカクザルの毒性試験報告書を全く審査していなかった。

多国籍バイオテクノロジー企業ノバルティスの上級科学者、崔翔(Cui Xiang)氏は「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」に対し、問題となった病院の倫理委員会は、この技術の安全性を十分に検証せず、治療法のリスクと利益の比率も適切に評価しなかったと述べた。

崔氏は、6歳女児が遺伝子編集によって死亡した事件が、急速に発展する中国のバイオテクノロジー産業の評判に「長期的な影響」を与える可能性があると指摘した。

米国は極めて厳格 患者の安全性を全面的に審査

2025年、米国では生命を脅かす代謝異常症を患う乳児、カイル・パトリック・マルドゥーン・ジュニア(Kyle Patrick Muldoon, Jr.、通称KJ)が、個別化CRISPR遺伝子治療を受け、成功した。これに対し、小美の病状は「生命を脅かすものとは程遠かった」

2024年8月、KJはペンシルベニア大学病院で生まれた。医師は間もなく、KJの身体所見に異常があることに気付いた。KJはCPS1欠損症と診断された。これは非常にまれで、最も重篤な尿素サイクル異常症の一つであり、乳児期早期の死亡率は最大50%に達する。

従来の唯一の有効な治療法は、KJが成長してから肝移植を行うことだった。しかし、神経障害と死亡のリスクが日ごとに高まっていたため、KJが乳児期を乗り越えられるかどうかは不明だった。

生後6か月のKJは、個別化された遺伝子編集薬の投与を受けた史上初の患者となった。薬剤は点滴によって血液中に投与され、肝臓へ到達した。

緊急の状況であったにもかかわらず、この米国人乳児の治療計画には、全面的かつ多段階の審査が求められた。最終的に、米国の医薬品規制当局である食品医薬品局(FDA)が異例の承認を与えた後、治療が実施された。

この遺伝子治療について詳述した「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」の論文によると、当時のFDA最高医療責任者ビナイ・プラサド(Vinay Prasad)氏とマーティン・マカリー(Martin Makary)氏は、米国がこうした特殊な治療計画を対象に設けた「合理的機序経路(Plausible Mechanism Pathway)」という規制上の枠組みについて詳しく説明した。

この枠組みは、患者数が極めて少ないため従来型の無作為化臨床試験を実施できない治療法について、分子および生物学的な作用機序の面で十分な証拠を提示し、一連の厳格な基準を満たした場合に限り、従来の大規模臨床試験とは異なる証拠の形式によって審査を申請できるとしている。

責任編集:林姸

林燕