2023年9月、山西省太原市の街中で、刃物をもった男が、警察(公安)のパトカー内の警官を刺す場面を映した動画がSNSに拡散され、注目を集めている。
動画のなかで、黒い服を着た男がパトカーのドアの外から、運転席にいる人に向かってナイフと思われる凶器で繰り返し刺している。車の外から駆け付けた3人の公安も、刃物で威嚇する男によって撃退され、逃げる公安が男に追いかけられる一幕まであった。
動画の撮影日時は不明だが、場所は画面に映った看板などから「山西省太原市」と推定される。だが、同事件について現地公安からの発表はなく、動画のなかの「黒服の男」がその後どうなったのかについて知る術はない。
中国において公安(警察)は、国民から搾取する「中共の道具」に例えられるなど、とにかく評判が悪い。
もちろん、個人として善良な公安職員も一部にはいるだろう。しかし総じていえば、中国の公安(警察)は、他の自由主義国では当然である「正義の職務」ではなく、むしろ「悪の邏卒」とすら思えるような人間があまりにも多いのだ。
そのため、日常的に公安から理不尽な扱いを受けている中国の市民は、その不満や怒りを心の中にため込むしかない。
言うまでもなく、相手が誰であろうとも、人を刃物で刺すことは断じて許されない。
しかし、この事件を「公権力に反抗する勇者の姿」ととらえたネットユーザーのなかには、公安に襲い掛かる黒服の男をドラマ「三国志(三国演義)」のなかの英雄・趙雲(子龍)に見立てて、動画に独自の編集を施したものもある。
その動画では「三国志」のなかの「長坂(ちょうはん)の戦い」において、趙雲が主君である劉備の息子・阿斗(劉禅)を胸に抱いて、敵の大軍のなかを単騎で突破する名場面のように、ドラマのバックミュージックやナレーションをそのままつけている。
こうして、見事なドラマ仕立てになった動画を受けて「見ているだけでスカッとする」「人民の英雄だ」「第二の楊佳(ようけい)だね」といった歓声がネット上で巻き起こっており、「黒服の男」を称賛するコメントが殺到している。
コメントにある「楊佳」とは、中国人の誰もが知っている人物の名前である。今から15年前の2008年7月1日、当時28歳であった楊佳は、一人で上海市公安局の分局を襲撃し、警官6人を殺害した。
楊佳はすでに死刑に処されているが、その名は「中共の暴政に、単独で立ち向かった英雄」の代名詞として、中国では知らない人はいないほど有名であり、そうした特殊な意味での「人気」を今も集めている。そのため中国のSNS上では、権力に反抗する市民を「第二の楊佳」と呼ぶことも多い。
中国経済は今、悪化の一途をたどっている。仕事もなく、収入の道を断たれて、とくに社会の低層に生きる民衆にとっては、明日の食事にも事欠くほど、非常に苦しい生活を強いられているのだ。
その反動からか、中国各地で自殺や殺人、さらには社会報復とみられる無差別殺人などの凶悪事件が増えている。そのなかには、公安(警察)や制服を着た暴力団と呼ばれる「城管」に対して、市民が暴力によって反抗する事件もふくまれる。
そうした市民の暴力が英雄視されることは、もちろん本来あるべき状態ではない。しかし、今の中国社会が「爆発寸前の火薬庫」と呼ばれる背景には、そのような切実な理由がある。
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