文書化されたものとしては、戦場における電子戦の使用は第一次世界大戦以前に遡るが、中国による信号・電波妨害(ジャミング)となりすまし(スプーフィング)の多用は国外にも広がり、論争を醸すまでに激化している。これにより軍事、商業、民間の航空航法の安全性が脅かされ、軍事・商業輸送が危険に曝されているのが現状である。
2021年4月にマリタイム・エグゼクティブ(Maritime Executive)誌に掲載された記事には、「自然信号干渉、意図的な電波妨害、『スプーフィング』、傍受により、GNSS[全地球航法衛星システム]の信頼性に対する脅威が高まっている」および「2019年の調査において、交通の激しい上海港周辺で輸送事故の影響を受けた船舶が数千隻に上っていることが明らかとなったことで、同脅威の高まりに注目が集まることになった」と記されている。
マリタイム・エグゼクティブ誌によると、1日当たり300隻の船舶のGNSS位置情報が偽の座標に置き換えられていることがデータにより示されており、某コンテナ船ではGPS(全地球測位システム)機器、自動船舶識別装置、緊急遭難信号すべてに影響が及んでいた。同記事には、「また、正しい位置と速度が改竄された際に、利用者に警告が発信されることもなかった。
つまり、船舶は十分な完全性の保証なしにPNT[測位・測時]データに依存することになる。これにより、海運運航支援機器が必要となる環境全体の単一障害点(SPOF)が形成される可能性がある」とも記されている。 GPSスプーフィングがGPS妨害よりも威嚇的であることは実証済みである。電波妨害が発生した際に、信号を用いて操縦者に問題が警告される場合がある。熟練パイロット向けの出版物「IFR誌」によると、スプーフィングではGPS信号が複製され、攻撃対象者に気付かれないように偽の位置情報が提供されるため、より陰険である。
上海で発生したスプーフィング事件の攻撃者は依然として不明のままだが、アナリスト等は事件発生場所とパターンに基づいてすでに以下のような理論を立てている。2019年11月にMITテクノロジーレビューに掲載された記事には、「不本意ながら被害に遭遇した船舶は精巧な電子戦システムの実験対象であった可能性がある。または、環境犯罪者と中国国家との紛争の巻き添えになった可能性も考えられる。こうした紛争により、すでに数十隻の船舶が被害を受け死者も発生している」および「しかし、1つ確かなこととして将来的に上海の航行に絡む不可視の電子戦が発生し、GPSの信頼性が失われるということが挙げられる」と記されている。
すでに高まっているリスクが高騰している要因として、小型のGPSとPNTの妨害電波発生装置(ジャマー)を安価かつ容易に入手できるようになったことで世界各地の犯罪者だけでなく、政府がこうした装置を簡単に配備できるという現状が挙げられる。
「The Global Positioning System and Military Jamming:The Geographies of Electronic Warfare(仮訳:全地球測位システムと軍事妨害:電子戦の地理)」と題したJSS誌(Journal of Strategic Security)が発表した報告書には、「GPSは非常に重要であるにも関わらず、GPS信号の相対的な弱さが干渉に対して脆弱となる」と記されている。
また同報告書には、「この弱点があるがために犯罪者、テロリスト、国家関係者はGPS妨害装置を巧みに利用できるさまざまな機会が得られる。妨害装置の種類により発生する干渉の程度は異なるが、強力な軍事妨害装置がより一般的に使用されるようになっている」とも記されている。
高等国防研究センター(C4ADS)が発表したところでは、中国とロシアは政府高官の保護を目的としてスプーフィングを広範にわたり使用している。2019年12月にマリタイム・エグゼクティブ誌に記載された記事によると、たとえば中国では貯油施設、港湾、政府機関に関連する地域周辺に「スプーフィングの環状」が行き渡っていることをアナリスト等が指摘している。この発生は重要政府関係者の訪問時期と一致しているようである。
後述のような記事を発表することに対しては消極的な機関が多い中、2019年12月にGPSワールド(GPS World)誌が掲載した記事には、「ロシアと中国の海域で見られるような混乱が他の場所で発生している可能性がある」および「数千隻に上る船舶が影響を受けていることは明らかであり、しかも船長や乗組員にとってはその事態は非常に明白であったに違いない」と記されている。
中国共産党(CCP)は南シナ海などの紛争海域でGPSスプーフィングや信号・電波妨害を使用している。米国議会調査局(CRS)が2021年10月に発表した報告書によると、中国共産党はその一例として航空機により電子妨害装置、地対空ミサイル(SAM)、艦対艦ミサイル(SSM)システムを、南シナ海に位置する南沙諸島(スプラトリー諸島)の人工島に自国が建設した新施設に移動したという情報が2018年に表面化している。
オンライン雑誌のザ・ディプロマット(The Diplomat)が報じたところでは、2015年10月に中華人民共和国交通運輸部は声明を通して、当時中国がスビ礁の人工島に建設中であった灯台は「海上捜索救助、自然災害の防止と回避、海洋環境保護、航行安全に関して中国が国際的な責任と義務をより良好に遂行するためのものである」と発表しているが、これを一例として挙げても、中国共産党の行動は中国政府の声明と全く矛盾していると言わざるを得ない。実際のところ、衛星画像により、スビ礁における電子戦車両の存在が確認されている(写真参照)。
中国共産党は2014年からミスチーフ礁でも人工島を建設しているが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が伝えたところでは、他の情報により、以前にミスチーフ礁でアンテナ延長が施されている中国の電波妨害システムが存在する容疑が浮上している。中国共産党が電波妨害やスプーフィングを使用することで「自由で開かれたインド太平洋」の推進が妨げられる。
悪意のある者や機関が電波妨害装置を使用する可能性があるため、軍隊が訓練によりその電波妨害とスプーフィングの仕組みを理解することが非常に重要となる。たとえば米軍の場合は、民間航空機のパイロットから「停止」要請が発信された際には、飛行の安全性を確保するためにGPS妨害操作を一時停止することがある。
輸送事故の防止、捜索救助活動、緊急救助活動の高速化に役立つGPSは人命救助に繋がる。また、農業、建設、配達輸送への応用を通じて生産性を向上させる要因ともなる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによるサプライチェーン寸断により、多くの商船や貨物船が安全な航行を確保するためGPSに依存している。
マリタイム・エグゼクティブ誌には、「船体の大型化と船舶航行数の増加、洋上風力発電拡張の必要性、環境保護指定区域や水産養殖といった「ブルーエコノミー」推進に向けた専用海域の必要性により航路がますます圧迫される中、信頼性の高い精密航法がこれまで以上に重要となっている」および「2030年までに世界の海上貿易が2倍に成長すると推測されていることからも、貿易の流れの安全性と効率性を確保し環境への悪影響を削減する上で正確で信頼性の高いPNTデータの重要性はますます高まっている」と記されている。
中国とロシアが継続的に電波妨害とスプーフィングを使用していることで、海事関連の14組織が米国沿岸警備隊(USCG)長官に対して航行の脅威に対する認識の向上を要求する抗議書簡を提出している。業界から発せられる警告も増加している。
TheDrive.comには、「何はともあれ上海で発生したGPSスプーフィング事件により、偽信号の発信でGPS受信機を騙す行為が非常に現実的な脅威であることが一層強調される。これはGPS拒否やスプーフィングといった戦術がどれほど急速に進化しているかを如実に示す警告信号でもある」と記されている。
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