社会主義指導者は「平等」が幻想であることを証明する

2024/06/29
更新: 2024/06/29

論評

社会主義は、すべての人々を同じレベルに置くというイデオロギーとして売り出されている。同志たちは共に働き、豊作の時には一緒に楽しみ、物資が乏しい時には一緒に苦しみ、美しいユートピアの兄弟愛を形成するのだ。少なくとも、それが主張されている。

それは素敵な幻想だ。しかし、それは不幸にもただの幻想に過ぎない。実際に私たちには、100年以上にわたる社会主義体制から学ぶことができる。 

ほんの数例をあげると、ソ連、北朝鮮、ベネズエラでの殺人、拷問、監視はよく知られているが、これらの国の指導者たちがその国民と共に苦しむ姿を見たことはあるだろうか?

確かにそうだ。平等を口にしても、トップにいる社会主義者たちは、自国民と比べてかなり良い生活をしているようだ。

ソ連から始めよう。ミロバン・ジラスの著書『スターリンとの対話』では、このユーゴスラビアの共産主義者の亡命者がスターリンとのさまざまな個人的なやり取りを描写されている。まず目立つのは、「Uncle Joe(ジョーおじさん)」(ジョセフ・スターリンの愛称)が本当に宴会を愛していたということだ。

ジラスは「食べ物と飲み物の種類は非常に豊富で、肉と強い酒が主だった。皆が好きなだけ食べ、好きなだけ飲んだ。ただ、飲むことを勧められたり、乾杯をさせられたりすることが多すぎた」と書いている。

確かに、歴史上最も残忍な独裁者の一人は腹一杯食べていた。しかし、ロシアや他のソビエト圏の国々の普通の人々はどうだっただろうか? そうではなかった。

「SecondStreet.org」は、私たちの「社会主義の生存者」シリーズで、ソビエト連邦の国々からカナダに移住した多くのカナダ人にインタビューした。一つの共通の話題は、食料不足と食料の選択肢の少なさだった。

エストニア出身のマート・サルマーエ氏は「人々は朝仕事に行かなければならなかった。そして、夕方家に帰ると、食料品店はすでに空っぽだった」と語っている。政府が食料供給を独占していたため、常にエリート層には十分な食料があったが、大衆は苦しんでいた。

ルーマニア出身のビオリカ・ロビンソン氏は、通常、食料品店で2〜3時間並ばなければならなかったと話した。

ラトビア出身のボリス・ラッシン氏は、政府が昔の料理本を燃やして、もう手に入らない食材を使ったレシピを隠そうとしたと明かした。

これらは、スターリンの定期的な豪華なディナーや、ジョニーウォーカー・ブラックラベルとキャビアが並ぶ政治家の晩餐会とは大違いである。

これはソビエト連邦に限ったことではない。北朝鮮を見てみよう。

北朝鮮から逃げてきたヨンミ・パク氏は、幼少期の多くの恐ろしい経験を共有しているが、時には一枚の写真が千の言葉に値する。同氏は今でも非常に小柄だが、それは栄養失調による成長障害が原因だ。パク氏は北朝鮮から脱出できた数少ない幸運な人の一人だ。

北朝鮮に住む多くの人は、まるで生きた骸骨のように見える。さて、北朝鮮の独裁者、金正恩の写真をどれでも見てみよう。彼の腹が毎晩満腹であることは間違いない。おそらく、あまりにも満腹である。

そして、1万4千キロ以上離れた同じ政治体制を持つ国、ベネズエラでも、状況は同じだ。

だから、次に甥が大学の最初の学期を終えて、目を輝かせながら『共産党宣言』を小脇に抱えて、この新しいクールな「マルクス主義」についてしゃべりながら帰ってきたら、彼にこう質問してください。

「あなたの社会主義のユートピアで、党のトップに立つことができると思うか?」

歴史が示しているように、内輪にいない人々は苦しみ、富と権力を持つ者たちは大いに楽しむのだ。

 

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
Dom Lucyk
カナダのシンクタンク、SecondStreet.orgの広報責任者である。