【寄稿】金正恩の地震見舞いに隠された意図とは イランと北朝鮮の連携と米戦略の崩壊

2024/01/16
更新: 2024/01/15

北朝鮮、黄海に砲撃

北朝鮮の金正恩総書記が能登半島大地震について岸田総理にお見舞いの電報を送った。これに対して林芳正官房長官は「今回、能登半島地震による被害に対しては各国・地域からお見舞いのメッセージを受け取っている。日本政府として感謝している」と述べた。

だが、ここで終わりすればいいものを、これに続けて「金正恩委員長からのメッセージについても感謝の意を表したい」と述べたのである。この外交・安全保障感覚の欠如は、外務大臣を務めた人とは思えないほどで、唖然というより驚愕に値する。要するにどの国が日本の味方でどの国が日本の敵かの区別が出来ないのだ。

誰が見ても北朝鮮が日本の味方ということは絶対にありえないから、何か裏があると勘ぐるのが自然な感覚であり、北朝鮮からの電報については無視するのが正解なのだ。

しかも、この前日の5日に北朝鮮は黄海における韓国との海上緩衝区域に200発の砲弾を撃ち込んでいるのだから、韓国に対して対立、日本に対して懐柔という日韓分断を北朝鮮が目論んでいるのでは、と疑ってかかってしかるべきであろう。

だが北朝鮮が初めから日韓分断を企てて、黄海に砲弾を撃ち込んだとは考えられない。おそらく、何らかの理由で黄海に砲弾を撃ち込む必要があり、そこで日韓が対北で連携を強めるのを恐れて、日本に対して懐柔策を弄したと見るのが戦略的視点だ。

北朝鮮は、海上緩衝区域に砲弾を撃ち込んでいる以上、韓国に直接の被害を与えないよう意識しているのは間違いあるまい。韓国も同海域に報復砲撃をすることは目に見えており、明らかに紛争を拡大させない意図をもって砲撃しているのだ。

では、北朝鮮が同海域に砲撃したそもそもの理由とは何か?

核開発を再開したイラン

昨年12月27日、国際原子力機関(IAEA)は「イランが兵器の使用に迫るレベルの高濃縮ウランを増産し始めた」との報告書を公表した。翌28日に米英仏独4か国はイランを非難する共同声明を出した。

これは年末の事で、日本ではあまり注目されなかったが、実は極めて重大な事態なのである。

イランが極秘裏に核兵器を開発している事は、しばしば指摘されてきた。だが、イスラエルを消滅させると公言しているイランの核兵器開発をイスラエルは絶対に認めるわけにはいかない。

そこで、2020年11月にイラン軍需省研究開発トップで核物理学者のモフセン・ファクリザデをテヘラン郊外で殺害した。

対するイランは翌年1月、核合意に違反してウラン20%濃縮を実施するとIAEAに通告した。つまり核兵器開発を再開する構えを見せた。

欧米は核合意違反だとしてイランを非難したが、イランは同年4月にウラン濃縮を効率的に行える新型遠心分離機の稼働を開始した。

これにより、イランのウラン濃縮は20%をはるかに超え、2023年2月には、84%に到達した。90%に達すると核爆弾に使用できるから、核兵器完成まで、あと6%である。

イランの核開発を断固阻止したいイスラエルのネタニエフ首相は、米国のバイデン大統領に「共同でイランの核施設を空爆しよう」と持ち掛けた。ところがその機密文書が4月にSNSで拡散したためイランが知るところとなり、空爆を恐れたイランは6月に濃縮ウランの生産を削減し、事実上核兵器開発を中止した。

これにより、米国は空爆しない意向に傾いたが、イスラエルが諦める訳はない。いっぽう、イランは10月にガザ地区を支配するハマスにイスラエルを攻撃させた。ガザ地区が戦場になれば、イスラエル空軍はイランを空爆する余裕がなくなる筈だという読みである。

そして昨年11月末、イランは濃縮ウランを増産し始め核兵器開発を再開したのである。

ISテロの背景にサウジアラビア

昨年12月28日に米英仏独がイラン非難の共同声明を出したことからも明らかなように、イランの核開発再開は国際社会に衝撃をもって受け止められた。

1月3日、イラン南東部ケルマンでソレイマニ追悼式典の最中に二人の自爆テロにより、90人が死亡した。翌日IS(イスラミック・ステート)が犯行声明を出した。

ISはイスラム教スンニ派のテロ組織であり、イスラム教シーア派の総本山であるイランを目の敵にしている一方でスンニ派の総本山があるサウジアラビアとの関係は悪くない。

イランが核武装すれば、イスラム教圏における軍事覇権をイランが握ることになるから、サウジアラビアとしては、認められない。つまり3日のテロは、イランの核武装は認められないというサウジアラビアの意思表示として受け止められている。

サウジアラビアを米国は中東の同盟国として重視しているが、その理由は、単に産油国であるというだけではない。サウジアラビアにはメッカとメジナというイスラム教の二大聖地があり、サウジアラビアがイスラム教の盟主を名乗れるのは、このためである。

したがって、サウジアラビアがもし反米国家になれば、世界中のイスラム圏が米国の敵になってしまう可能性が十分あるのだ。

破綻しつつある米国の世界戦略

特にサウジアラビアの実権を握るムハンマド王太子は、反米的な言動が目立ち、状況次第でサウジアラビアが反米国家に変貌する可能性も否定できない。イランの核開発については、「イランが核武装するなら、サウジアラビアも核武装する」と述べており、そうなれば米国が維持してきたNPT(核拡散防止)体制は崩壊する。

そんな米国の目には、イランの核開発再開、それに対する3日のイランにおける自爆テロは、NPT体制の崩壊の予兆に映る。NPT崩壊を食い止めるためには、一旦中止したイラン核施設空爆作戦を復活させるしかないだろう。

これを直感したイランは、一計を講じて事実上、同盟関係にある北朝鮮と連携した。それが5日の北朝鮮の砲撃である。つまり、米国がイランを空爆するためには、新たに空母をアラビア海に派遣する必要がある。

北朝鮮が緊張を高めれば、東アジアに米空母は釘付けになり、アラビア海に派遣できなくなる。よって、イラン空爆は不可能になるのである。

中東と朝鮮半島の情勢は緊密に連動しているのである。

(了)

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。
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