この記事は、先のない中国農業 農村社会の復活に打つ手はあるのか(1)の続きです。
荒廃を極める農村
江蘇省の江南大学法学院社会心理学副教授・王君柏氏が2015年、故郷である湖南省のある小さな農村で行ったフィールドワークの考察メモが、ネットで公表されている。それによると、村の耕地は長年の大量の農薬投与で硬化し、農作物が育たなくなり、村の農業は立ちいかなくなった。将来性を見いだせず子どもは村を出て、高齢の村民も希望もなく暮らしているという。中国農村部の問題の縮図といえる。
王氏によると、その村は1985年ごろの人口は132人で、半数は若者だった。現在、村の定住人口は54人まで減り、そのほとんどが高齢者と子供。子供たちは6~15歳で村を出る。
「村には水田があるが、田植えがされている面積は10分の1にも満たない。ほとんどがトウモロコシに転作されており、コメが足りなくなった村民は町に出て購入する」。
「長年にわたって除草剤と農薬漬けの栽培を行ってきたツケが回り、畑の土壌は硬化し、収穫量も激減している」。
「最終的に村民は、この畑にまだ所有者がいるということを周囲に知らせるためだけに、畑に茶の木やアブラツバキを植えるようになった。だが手入れもされずに伸び放題になった枝が畑の作物の日照を遮り、野生動物と人間が食料の争奪戦を繰り広げている」。
「農村部では昔から一定の社会秩序を維持していたため、村人同士が良好な関係を築いていた。健康的で良識ある伝統や風習は安定した社会を維持するための非常に大切な要素で、村の生活に秩序をもたらし、人々の生活を意義あるものにしていた」。
「だが、こうした伝統的な価値観が崩壊してしまった現在の農村部では、親孝行という言葉は過去の ものとなり、男女関係は乱れ、夫婦のきずなも失われてしまった。甚大な環境汚染に苦しむ地域も多く、村民がガンを患う『ガン村』もあちこちに存在する」。
王氏は、農村部の衰退は時代の流れであり、状況は悪化の一途をたどると考えている。
農村を荒廃させた諸悪の根源は
中国政府もこの状況を認識してはいるが、有効な解決手段を持っていない。中国共産党のシンクタンク発行した『中華読書報』ダイジェスト版に、「地方名士のいない農村地帯は没落を免れない」という題の文章が掲載されている。ここでは農村の没落を招いた原因を、地方の名士がいなくなったことだと結論付けている。
一方、時事評論家の横河氏は大紀元に寄せた文章で、農業衰退の問題の根本は、地主の統率力を失わせ、伝統の村社会の形を壊した、共産党の改革だと指摘する。
横氏によると、強いリーダーシップで農村を率いる地方名士は「伝統文化の継承と、安定した社会構造の維持」を担っていて、歴史上の王朝交代や戦乱で人口が減っても、強大な統率力によって、農村部はたくましく復興を遂げてきたという。
農村社会 復活の策とは
しかし、1949年の共産党政権以後、農村部はいちぢるしく荒廃する。「階級闘争」の風が農村部でも吹き荒れ、地主は、結託した農民と争うこととなり、土地を奪われる。また、農民の土地所有を否定する改革開放で、伝統的な村社会の基本構造は根幹から崩壊することとなる。
最後に横河氏はこのように結んでいる。「未来の農村社会の理想像として、昔の地方名士統治の体制を復活させようとは言っていない。しかし、(復興は)伝統文化や人類の普遍的な価値観に基づいて構築されるべきだ。伝統文化を破壊する中国共産党が、歴史という舞台から退場しなければ、新たな農村社会を作り出すことなどできない」。
(翻訳編集・桜井信一/単馨)
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