後世歴史家の毛主席への評価

2006/01/29
更新: 2006/01/29

【大紀元日本1月29日】中国が誇る悠久の歴史の中、幾多の王朝が興亡を繰り返し、夫々の時代に建国の英主や中興の祖と呼ばれる傑出した大政治家たちが表れたことは史書や多くの文献に記されている。その一方で、王朝内の凄惨な骨肉の争いはもとより万里の長城に象徴される賦役などによって無数の民草の運命を変え生命を奪った暗部についても歴史家たちは容赦せずに記している。その意味で、後世の歴史家や文筆家が毛沢東をどのように評価するのか非常に興味深い。

毛沢東は「沁園春.雪」という自作の宋詩の中で、秦皇,漢武、唐宗、宋祖、或いはジンギスカン等の英雄達と自分を較べているが、彼の詩人としての自負や才能は別として、為政者として彼ほど人民を殺戮した権力者は中国史のみならず人類史上、類を見ないといえる。勿論、ヒットラーやスターリンのような人類史上でも特筆すべき惨禍をもたらした悪名高い指導者もいたし、現在においてすら目を背けるような暴政を敷いている国家指導者達がいることも事実である。しかし、桁違いの数千万と言われる自国民を苛み犠牲にし、死に追いやったにも拘らず、未だに国父扱いされている指導者は彼のみであろう。仮に長征や延安時代も含めて建国後数年までの彼が、英雄であったにしても、その後の彼の軌跡は、それまでの半生の成果を全く帳消しにして余りある程の悪行に彩られているのは誰にも否定出来ないだろう。

毛沢東に代表される中国共産党の犯した過ちは人類史上空前絶後の規模による人為的惨禍としか言いようの無い現象であった。この人為的災害、人類史上でも稀に見る程の最悪の失政だった文化大革命大躍進、そして人民公社に起因する弊害や惨状は、本来人類の教訓として正しく後世に伝えられるべきであるが、当時から現在に至るまで、その正確な情報が殆ど伝えられてないのが実情である。それどころか、むしろ、当時はいわゆる進歩的文化人と称する一連の人達が筆頭になって、その成果をもてはやすことの方が多かったと記憶している。曰く「中国には蝿がいなくなった」とか、「中国では害鳥である雀を徹底的に根絶やしにした」とかの類である。当時は「毛語録」なる書物が、何億冊か印刷され、あたかも宗教の経典の如く国内はもとより外国にまで流布され、家中に毛主席のポスターを貼った農民などもいた。後になって、当時入手出来る最良質の紙が全部ポスターに使われていたので、農民はただ壁紙として利用していただけだった、という小話まで出て来た。又、当時、新聞には頻繁に毛主席の写真が掲載されていたため、迂闊に尻に敷くこともはばかられたとの逸話も残っている。毛主席の政権下で、人々はどのような被害を蒙ったのか。出自が富農だったと云う理由で斃死させられた人達はどれ程いたのか、どのような死に方をしたのだろうか?人民裁判という大衆の暴力によって惨死した人達のことを思うと、とても文明社会の出来事とは思えぬ悲惨な歴史であった。それらを指示扇動していたのが、毛沢東の率いる中国共産党とその追随者であったわけだが、中国共産党の後継者達はその事実をどのように認識しているのか。政権奪取の後、人道主義に悖る施策を、反省も無く繰返した毛沢東とその一味の責任を誰がどうとるのか。何故、その災厄の正確な分析や報道が為されないのか。曰く国家機密なのか。

文化大革命や大躍進以外にも政治的弾圧は数知れず、多くの指導者、産業人や富農或いは無辜の一般市民までもが、弾圧、粛清、虐殺、下放(農村へ送られ労働すること)され社会的にも道徳的にも抹殺されたにも拘らず、その事実の詳細については未だに中国政府から何の公式説明もない。文字通り木で鼻をくくったような公式見解、つまり、革命遂行上の避けられぬ試行錯誤として定義されたのみで、未だに真相の開示と反省についての公式見解はない。これこそ中国共産党の最大の汚点であろう。

勿論、中国の国力を現在の水準まで回復させた功績は正当に評価すべきであるが、その功績の背後には全てを帳消しにして余りある程のマイナス面があったのではなかろうか。全土にわたる惨禍の結果、どれ程の数の家族が被害を被ったのか。人民が自ら付託し人民の全幅の信頼を受けていた筈の独裁執政党の統領が自らの権力欲のため、或は政敵を葬るべく、更にはあたかも全能の如く過信した狂気の観念論を無謀にも実現しようとし、その権力闘争の手段として人民を扇動し無数の無辜の民を犠牲にしてきた。後世の歴史家は「春秋に義戦なし」と喝破しているが、文化大革命、大躍進、人民公社に代表される一連の愚行について、或いは無数の青少年の人生を狂わせた紅衛兵問題、下放された人達の人生は、その後どうなったのか。

「長城に至らざれば好漢に非ず」のような詩句に残る毛主席の名言が後世に伝わることについては何等異存はないが、彼が無謬の指導者であったかのような神格化は真に悲しむべき現象だ。天安門に未だに仰々しくその肖像画が掛けられているが、今や中国共産党はマルクスや毛沢東を主神とする宗教団体のようだ。無謬を求めるのは酷かもしれないが、過去の失政のために数千万の人民の命を絶った冷厳な事実は、現政権がいくら隠蔽しようとしたところで歴史に残るであろう。斉の太史や晋の董弧に限らず、いつの時代にあっても事実を正確に述べる史家が存在する。文化大革命や大躍進あるいは人民公社のもたらした惨禍は勿論のこと、反革命や国家転覆を理由に未だに続く禁書の政策は秦の始皇帝の焚書坑儒の百倍に相当し、公安は明の洪武帝の東廠や錦衣衛をはるかに上回る悪政の手先として記憶されるであろう。これが果たして「出師表」や「正気歌」を残した民族の後裔なのか? 中国共産党が守ろうとしているのは文字通り中国共産党そのものであり、決して中国人民ではないのだ。

頂点を極める為政者にとって、権力闘争は避けて通れないものかも知れないが、さりとてその手段として、よりによって人民を徹底的に利用操作した人物は毛沢東をもって嚆矢とする。戦乱により無数の民草が殺された悲劇は中国のみならず世界中にあるが、高位高官、富豪のみならず無辜の一般大衆や中産階級と目される無数の民を殺戮しながら、今も尚、その人物を国父や建国の英雄と称揚する中国共産党に対しても必ずや後世の歴史家は厳しい評価を下す事であろう。