3600万人が死亡 隠された「大飢饉」暴いた中国人作家、国際賞を受賞

2015/11/24
更新: 2015/11/24

1960年ごろ、中国で起きた「大飢饉(ききん)」の実態を暴いた作家・楊継縄氏が、勇気あるジャーナリズム精神を称えられ、「スティーグ・ラーソン」賞を受賞した。楊氏は受賞式典でも、中国共産党が政策の失敗を隠ぺいし続けていると指摘し、悲惨な当時の状況を改めて語った。

楊氏は中国国営通信「新華社」の元記者で作家、ジャーナリスト。1990年代から、政治的リスクをおかして、「大躍進」政策に起因した「大飢饉」の実態を調査。香港で2008年、調査内容をまとめた『墓碑―中国60年代大飢饉の真実の記録』を出版した。

楊氏は著書のなかで入手した資料と証言に基づいて1958~1962年で3600万人が餓死したと明かし、「大飢饉」は天災ではなく共産党政権による人災だと指摘した。同書は一時、本土で発刊禁止となった。

スウェーデンのスティーグ・ラーソン賞選考委員会長のダニエル・プール氏は10月23日に開かれた式典で、「大飢饉は中国人にとって最大の集団悲劇の1つ」「共産党が隠した歴史を粘り強く調べ上げ、勇気をもって真実を暴露した」と受賞理由を述べた。

式典に出席した楊氏は、「悲哀に満ちている」と心境を明かした。これは、3600万人の餓死と、50年以上経った今も悲劇が隠ぺいされていること、またこの真実を暴露したため誹謗中傷を受け、圧力をかけられている人々がいることへの悲しみだという。

さらに、人々を「人食い」にまで走らせた、当時の悲惨な状況を語った。「戦争や疫病もなく、気象条件も平年並みの時期に、独裁政権の恐怖政治とあやまった経済政策で、数千万人もの中国人が餓死した。人々は山菜や樹木の皮を食べつくし、鳥の糞、ネズミ、綿、泥だけでなく、死体や難民、自分の身内までも食料とした」「人は極度の飢餓状態に陥ると、生存本能のために人間性を失い、道徳や人格を構わず、手段を選べずに食べ物を探す。その結果、人が人を食すという結果を招いた」「全国では人食いの記録が数千例に達した」。

式典の最後に、楊氏はこの大飢饉という暗黒の歴史から中国の未来を案じ、次のように述べた。「大飢饉という悲惨な歴史を記録することは、民族の暗い過去を忘れないようにするためだ。歴史と真っ向から向き合えない民族に、未来はない。人は美しい記憶だけでなく、自分の犯した罪や悲しい記憶も忘れてはならない。人為的に、人災や罪悪のような暗い記憶を消そうとすると、そのうちもっと暗い闇にはまるだろう。私がこの歴史を記録する目的は、2度とこのような事が起きないようにするためだ」。

 
楊継縄氏の著書『墓石』表紙

著書タイトルになった「墓碑」の意味は4つあると、同書まえがきで解説している。飢饉で死亡した父親の墓、3600万人もの餓死者の墓、大飢饉を起こした政治制度への墓、そして執筆中に発覚した病と、「大きな政治的リスク」をともなう本書の執筆で、不測の死を遂げる自分の墓だという。

75歳の楊氏は新華社で高級記者(局長)まで務めた後、2001年に「中国改革」等の雑誌編集を担当。2003年から雑誌社「炎黄春秋」の副社長に就任したが、2015年、自身の病気や共産党の圧力などを理由に離職した。

楊氏の著書『墓碑―中国60年代大飢饉の真実の記録』は英語、フランス語、ドイツ語などに翻訳されている。日本では『毛沢東大躍進秘録』(文藝春秋社2012)が縮小版として出版されている。

勇敢な報道、人権に貢献した個人や組織に贈られるスティーグ・ラーソン賞は、2009年に始まり今年で7回目。他界したスウェーデンのジャーナリストで作家のスティーグ・ラーソン氏の親族が設立した同名の基金が主催する。楊氏はアジアで初めての受賞者。

同基金によると、楊氏は、奨励金20万スウェーデンクローナ(日本円で280万円に相当)を全額「国境なき医師団」に寄付したという。

(翻訳編集・山本アキ/佐渡道世)