【寄稿】ウクライナ軍総司令官解任の真相 東部戦線の勝負の行方とは

2024/02/19
更新: 2024/02/18

厭戦気分が広がるウクライナでは今月初め、軍の総司令官が突如解任された。導火線となったのは、動員兵の運用をめぐる意見の対立だという。「解任してくれてありがとう」と言わんばかりの笑顔を見せ、持ち場を去る総司令官。本稿では、解任劇の「裏事情」と、勝負の行方について読み解いていく。

ザルジニー解任の衝撃

2月8日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ザルジニー総司令官および配下の司令官らの交代を公表した。ザルジニーはロシア侵略前から総司令官を務めており、彼らを一斉に交代させるというのは、ウクライナの軍事戦略が全面転換されることを意味する。

なぜ今、ゼレンスキーは、そのような思い切った措置に出たのか? そして戦略転換は成功するのか? 今後のウクライナ情勢はどうなるのか? 各マスメディアは、一斉に論評した。中には軍内部に動揺はないとする識者もいたようだが、翌9日には「ザルジニーを復帰させよ」という抗議デモが首都キーウで起こるなど、内外に衝撃の波紋が広がっているのは明らかだ。

ゼレンスキーの目論見

ゼレンスキーは8日に公開したビデオメッセージでこう述べた。「軍には今、国を守る為におよそ100万の兵士が招集されているが、実際に最前線で戦った経験がある兵士は少数であり、多くの兵士は最前線の戦いを経験していない。今後、部隊の新たなローテーションを工夫しなければならない。最前線の部隊の管理に即した兵士の動員や採用に取り組まなければならない」

これが、今回の総司令官を始めとする軍の高級幹部の交代の直接の理由だと見ていいだろう。というのも、昨年11月ウクライナ国内で「戦争開始前に招集された夫が2年の兵役期間を過ぎても戻ってこない」と女性たちが不満の声を挙げたのだ。

昨年8月にゼレンスキーは全国に展開する徴兵事務所の所長全員を解任したが、その理由は、徴兵逃れの賄賂を受け取っていた為だった。長引く戦争の中で厭戦ムードが漂っているのは紛れもない事実であって、ゼレンスキー自身も同じビデオメッセージで「陸上戦では目標を達成することができず、特に南部戦線の膠着と東部戦線での戦闘の困難さが国民に悪い影響を与えている」と厭戦ムードを認めている。

つまり厭戦ムードを断ち切るために、最前線で長期間戦ってきた兵士たちを戻し、後方にいる兵士や新たに招集する兵士を短期間のローテーションで最前線に送り出そうと言う算段なのである。

後方支援体制の重要性

一見、これは公平で効率的な兵員の管理方法に思われよう。だが、それならば、なぜザルジニーを解任しなければならなかったのか?

ザルジニーはこのゼレンスキーの提案を拒否し解任されたとしか考えられない。しかも軍の高級幹部が総入れ替えということは、軍の上層部の殆どが、この提案を拒否したということになろう。

実は、このゼレンスキーの提案は軍事的観点から言うと無謀そのものなのだ。ゼレンスキーは、「実際に最前線で戦った経験がある兵士は少数であり、多くの兵士は最前線の戦いを経験していない」と指摘するが、これは戦時における軍隊の正常な姿なのである。例えば1960年代のベトナム戦争では米軍は50万人をベトナムに派兵したが、実際に最前線で戦っている兵士は7万人程度だった。

残りの40万人以上は、後方支援部隊にいて最前線に武器・弾薬・食料・資材・人員・情報を供給しているのである。軍隊において最も重要なのは後方支援体制つまり補給体制である。補給が途絶えれば最前線の部隊は1週間と持たない。

従って敵は、補給線を遮断しようとする。そこで補給線を守る為の兵力が必要になる。こうして最前線の部隊の何倍もの兵員が後方支援体制の維持のために必要になるのである。

「しかし、最前線と後方の兵員を適宜交代させるのが、公平で効率的な方法であることに変わりはないではないか?」との疑問が生じよう。だが最前線と後方は全く異なった環境であることを忘れてはなるまい。

最前線の兵士に求められるのは圧倒的な気力と体力である。対して後方部隊では知力や管理能力が重要になる。後方の兵士を最前線に送り込めば、まったく役に立たないどころか、足手まといになってしまうだろうし、逆に最前線の兵士を後方に配置すれば、これまた同じで役立たずのでくのぼうとなろう。

ザルジニーの微笑の謎

8日、ザルジニーが解任されたときに公開された写真には、ゼレンスキーとザルジニーが笑顔で並んでいる。通常の感覚で言えば、解任されて愉快なはずはない。にもかかわらずザルジニーは微笑んでいるのだ。

彼の心理を推測すれば、「解任してくれてありがとう」ということなのだろう。つまり彼はゼレンスキーの提案を拒否していたのであり、その理由は上記の通り、その提案は愚策であり、実行すれば最前線が崩壊してしまうことをよく知っているからだろう。

この作戦を総司令官として決行すれば、敗軍の将として戦史に名を刻まれることになりかねない。将軍として、これほどの屈辱はない。むしろ愚策に反対して解任された総司令官の方が戦史に名将として名を残せるのである。「解任してくれてありがとう」が偽らざる真情ではあるまいか。

忌避される後任総司令官

ザルジニーの後任の総司令官はシルスキー前陸軍司令官である。彼はゼレンスキーの提案を受け入れて総司令官の任を引き受けた筈だが、如何なる勝算があるのか?

それは彼の経歴を見れば明らかだ。彼はザルジニーと異なり旧ソ連で軍事教育を受けている。つまり頭の中は旧ソ連式すなわちロシア式なのである。

2年前、ロシアがウクライナに侵攻したとき、ロシア軍はろくに軍事訓練もしていない新兵を大量に最前線に投入して多数の死傷者を出したのをご記憶の方も多いだろう。「これではロシア軍は戦いを続けられまい」と言われたものだ。

だが最近はロシア軍が少しずつ盛り返している。訓練不足のロシア兵は戦場で、実弾を浴びながら戦術を身に着けたのだ。

これがロシア式兵員管理の方法なのである。戦史をひも解けば、日露戦争も第1次大戦も第2次大戦もアフガニスタン侵攻も、すべて同じやり方なのだ。

シルスキーは、バフムトの戦いで多数の犠牲を出しながらバフムトを死守しようとして結局敗退した将軍だが、犠牲を一切顧みずコストパーフォンマンスをまるで考えない点においてロシアの将軍と変わりがない。

ザルジニー解任の翌日に「ザルジニーを復帰させよ」とのデモが起きたのは、シルスキーに対する拒否感の表れだったのである。

ロシア陸軍は日露戦争と第1次大戦で敗退し、第2次大戦は勝利したものの、アフガニスタン侵攻では敗退している。シルスキーの指揮でどんな結果が出るか、世界中の軍事専門家が注目していると言っても過言ではない。

(了)

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。