【原文】
子曰:「道(1)千乘之國(2),敬事(3)而信,節用而愛人(4),使民以時(5)。」
【注釈】
(1) 道: 治めること。
(2) 千乗之国: 乗(音:shèng)は輌(両)を意味し、古代の軍隊における基本的な単位を指す。一乗ごとに四匹の馬が引く兵車一両、車上の甲士3人、車下の歩卒72人、後方支援要員25人の計100人が配備された。千乗の国とは、1,000両の戦車を保有する国、すなわち諸侯の国を指す。
(3) 敬事: 現代で言う「敬業(仕事に専念し責任を果たすこと)」であり、態度を正して敬意を払い、従事する務めに対して真面目かつ慎重に、全身全霊を尽くすことを表す。
(4) 愛人: 人民を愛護すること。
(5) 使民以時: 時とは農期(農繁期)を指す。民を徴用する際には、百姓の生計が成り立たなくなるのを防ぐため、農作物の耕作や収穫時期を妨げないよう注意しなければならないという意味である。
【訳文】
先師(孔子)はおっしゃった。「千両の兵車を擁する大国を治めるには、国家の大事を厳格かつ真面目に執り行い、約束を守り誠実であって初めて民の信頼を得ることができる。財政支出を節約し、清廉な政治を行うことで民を傷つけず、真に愛護することができる。そして民を徴用するときは、農繁期を避けて時期を誤らないようにしなければならない」
【解説】
前章において、曾子は「吾、日に吾が身を三省す。人のために尽力するにあたって、心を尽くさなかったのではないか? 友人との付き合いにおいて、誠実で信頼に応えられなかったのではないか? 師から伝授された学問を、実践しなかったのではないか?」と述べ、三つの側面から自らの徳行を内省した。そこでは、物事を行う際や友人関係において「忠(誠実さ)」と「信(信頼・約束)」を核心とすることが重視されていた。
それゆえ、本章において孔子は最も重要な国事に焦点を当て、同じく三つの治国の要法を提示している。すなわち、為政者や官吏に対して国事を厳粛かつ真面目に執り行うことを求めており、これは曾子の述べた「他人のために事を行うには誠実で信頼されるべきである」という要求に自然と呼応している。国事を処理する上ではなおさらそうであり、これによって初めて民の信頼を得ることができ、国家の安定を保つ鍵となるのである。
次に、民を愛護するためには支出を節約せねばならない。上位に立つ者が清廉で貪欲でなければ、奢侈によって民を傷つけ苦しめることがなく、真に人民を愛することができる。最後に、民の生計を配慮し、民を徴用する際は農期を誤らないよう心掛けねばならない。
これら三つの要法は、孔子の国事処理における核心が、いかにして根本から民を愛護し、安寧な国家と安定・無憂・自由な生活を民に与えるかという点に終始一貫して向けられていたことを示している。
務めに心を尽くして信用を守り、民を傷つけず、民を乱さないこと。これこそが国家を治め安泰にする根本である。
孔子の述べた「敬事にして信、節用にして人を愛し、民を使うに時を以てす」という言葉は、歴代の為政者が繰り返し検証してきた法則となった。歴史書を精読すれば、この三つの言葉がすでに具体的な人物や出来事となって、歴史の中に明確な響きを残していることがわかる。
一、晏嬰は信を守り、命令は山のごとし
春秋時代、斉国に晏嬰(あんえい)という名宰相がいた。
彼は斉の景公を補佐し、清廉さと信義を守ることで知られていた。晏嬰の政治には一つの特徴があった。百姓に告げたことは必ず実行し、軽々しく約束せず、適当にごまかすこともしなかった。
ある年、斉国は凶作に見舞われ、百姓は困窮した。朝廷では国用を補うために増税すべきかどうかが議論された。晏嬰は強く反対して言った。「国が国たるゆえんは『信』にあります。際限なく搾取すれば、民は信用しなくなります」。
斉の景公は最終的に彼の進言を聞き入れ、増税を取りやめた。
その後、状況が少し持ち直すと、朝廷の臣下が再び追徴を提案した。晏嬰は再びこれを制した。「以前、民に対して加税しないと告げました。今それを撤回すれば、民からの信頼を失います。民の信頼を失えば、政令は行われなくなります」。
斉の景公は思案した末、やはり取りやめにした。
数年が経ち、斉の百姓は安定し、政令は円滑に行き渡った。百姓たちは「朝廷の言うことに嘘はない」と知っていたからである。
晏嬰が亡くなった後、斉の人々は嘆いて言った。「晏子がいれば国は信頼できたが、晏子が亡くなり、人々の心は揺らいでいる」。
これこそまさに、孔子の言う「その事を敬にして、然る後に人に信にせらる(務めに真面目であってこそ、人に信頼される)」ということである。(物語の出所:『晏子春秋』『史記・管晏列伝』)

逆に項羽を見れば、一度信頼を失ったことで人々の心が完全に離れてしまったことがわかる。
楚漢の相争う際、項羽は「西楚の覇王」としての威勢を誇り、英勇は諸侯に冠し、天下を震撼させた。当初、諸侯の多くが彼に服従したのは、単に武力のためだけではなく、「先に関中に入った者を王とする」という各路の諸侯との約束があったからでもある。
しかし関中に入った後、項羽は約定を違えて自ら王と名乗り、諸侯の封地を勝手に変更して従来の約束をすべて覆した。諸侯は表面上は封爵を受け入れたものの、心の中では不満を抱いていた。
その後も、彼は人に対して態度を二転三転させた。すでに降伏した者を疑い続け、功績のある将軍を長く登用せず、賞罰は不適切で言動は信用できなかった。
最も決定打となったのは「鴻門の会」である。項羽には劉邦を取り除く機会があったにもかかわらず、優柔不断であった。策を仕掛けながら決断できず、疑いながらも行動を起こさなかったため、相手の脱出を許してしまった。これ以降、局勢は逆転し、二度と挽回できなくなった。
これ以降、諸侯は静観し、民心は離散した。かつて天下に号令をかけた威勢は、次第に孤軍奮闘の戦いへと変わっていった。最終的に垓下(がいか)で敗れ、烏江で自刎するに至ったのである。
彼は力がなかったのではなく、信義がなかったために人々の心が離れてしまったのだ。ゆえに古人は彼を評価する際、その勇猛さではなくその過失に着目した。「人に信を失えば、強しと雖も必ず滅ぶ」と。
二、漢の文帝、露台を建てず
前漢が興ったばかりのころ、あらゆる産業が廃れて復興を待つ状態であり、百姓はなお立ち直りの途上にあった。
ある時、漢の文帝は高所に上って遠くを眺めるため、宮中に露台(高台のテラス)を築こうと考えた。工匠が試算を提出したところ、百金が必要であると報告された。
文帝はそれを聞いてもすぐには決断せず、「百金とは、何戸分の家財に相当するか?」と尋ねた。
側近は「中程度の家柄十戸分の全家財に相当します」と答えた。

文帝はそれを聞くや、即座に断念した。「私はただ私的な楽しみのために、十戸もの家の生計を費やすというのか。どうしてそのような忍びないことができようか」
こうして、この露台の件は二度と取り沙汰されることはなかった。この「思いとどまり」は一見小さく思えるが、極めて重みのある決断であった。
上位に立つ者が一分(いちぶ)多く奪えば百姓は一分多く負担を背負い、上位に立つ者が一分節約すれば百姓は一分生き延びることができる。
その後、天下は次第に安定し、減税と労役の軽減が行われ、百姓は豊かになった。歴史上、これを「文景の治」と呼ぶ。
いわゆる「愛人(人を愛する)」とは、どれほど恩恵を施すかにあるのではなく、「百姓のために自らの欲望を抑えることができるか」にあるのだ。
これこそまさに、孔子の言う「節用、故に人を愛する能し(節約するからこそ、人を愛することができる)」ということである。(物語の出所:『史記・孝文本紀』『漢書・文帝紀』)
三、召公の甘棠の愛
周の時代に召公奭(しょうこうせき)という賢臣がおり、一帯を治めて非常に節度があった。
彼は政務を審理する際、民家に立ち入って迷惑をかけることを避け、常に野外の甘棠(かんとう/ズミの木)の下で裁判を行った。百姓に冤罪や訴訟があれば木の下に来て訴えさせ、彼はその場で裁決を下して決して先延ばしにしなかった。
さらに重要なのは、彼が農期の重みを深く熟知していたことである。春耕、夏耘(かうん:草取り)、秋収の時期には決して労役を課さず、百姓が安心して生産に専念できるようにした。
年月が経つにつれ、現地の風俗は淳厚となり、百姓は安心して暮らし、仕事を楽しみ、彼に深く感謝した。
後年、召公が離任すると、百姓は彼がかつて腰掛けた甘棠の木すら伐採するのを忍びなく思い、「刈るなかれ伐るなかれ、召伯の宿りしところ」とお互いに戒め合った。
一本の木が、百姓の記憶における「徳政の証し」となったのである。
真の善政とは、多くのことを行うことにあるのではなく、その時期を乱さず、その生計を奪わないことにある。百姓に自らのリズムに従って生活させること自体が、最大の恩恵なのである。
これこそまさに、孔子の言う「民を使うに時を以てす」ということである。
(物語の出所:『詩経・召南・甘棠』『史記・燕召公世家』『説苑』)

結語:上治の道は無事をもって功となす
「信」があれば人民の心は立ち、「節」があれば民力を養うことができ、「時」に順応すれば生命の力は傷つかない。
孔子の一言は一見平易に見えるが、真理の根本を穿っている。
後世は「才能」を重視したが、孔子は「徳」を重視した。国が乱れて初めて才能ある臣下が必要となるからである。国を治める道は、多能であることではなく乱さないことにあり、巧みな統治ではなく乱の予防にある。節約して貪らなければ民から奪うことはなく、時期に順応して乱さなければ民を混乱させることはない。乱れなければ、天下は自然と安泰となる。君臣が徳を重視すれば社会は必ず安定し、問題が起こらなければ才能ある臣下など必要ないのだ。
たとえば養生と同じである。過度に疲労せず、決まった時間に休息し、予防と保養を適切に行って正気を傷つけなければ、大病にかかることはなく、名医を必要としない。
ゆえに最高の統治(上治)とは、才能で優れることではなく、「何事も起こさない(無事)」ことこそを功績とするのである。

「半部の論語をもって天下を治む」から語る 論語の真義 序
刻まれた徳育の根幹 論語の真義 学而編1
「孝弟」が社会の根本 論語の真義 学而編2
愛想の良さは「偽善」? 論語の真義 学而篇3
「無事」を極める真のリーダーシップ 論語の真義 学而篇5
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