中国 「私たちの代で終わりです」 時代を刻んだ一言

「軟肋(ルヮンレイ)」現代中国を読み解くワード

2026/08/16
更新: 2026/08/16

「私たちの代で終わりです。すみません。(我們是最後一代,謝謝)」

 

2022年5月、上海のロックダウン中に撮影された一本の動画が、中国社会に大きな衝撃を与えた。

映っていたのは、胸元に「警察」と書かれた防護服姿の人物たちだった。動画を撮影していた若い男性に隔離措置に従うよう迫り、拒めば「あなたの未来三代に影響するぞ」と脅した。

本人だけではない。まだ生まれてもいない子や孫の将来まで持ち出して、従わせようとしたのだ。

すると、カメラの向こうから男性の静かな声が返ってきた。

「私たちの代で終わりです。すみません」

この短いやり取りは瞬く間に広がった。「私たちの代で終わり」は単なるネット上の流行語を超え、厳しいゼロコロナ政策の下で積み重なった若者の怒りや絶望、そして権力への静かな拒絶を、わずか一言で言い表した言葉として人々の記憶に刻まれた。

まさに、あの時代を刻んだ一言だった。

 

2022年5月、上海封鎖中の動画。「警察」と書かれた防護服姿の人物から、隔離措置に従わなければ「あなたの未来三代に影響する」と脅され、若者が「私たちの代で終わりです。すみません」と返した場面(中国のネットより)

 

そして4年後

ロックダウンは終わった。しかし、4年後の中国では、別の変化が起きている。

2026年上半期、中国で結婚したカップルは327万5千組。前年同期より26万4千組減り、1980年以降の同期として過去最低となった。

若者の結婚離れを食い止めようと、各地では結婚手続きのできる場所を増やしている。天津では銀行に、安徽省合肥では地下鉄駅にまで結婚窓口が設けられた。

だがネットでは、「私が結婚しないのは、結婚窓口が見つからないからですか?」と冷ややかな声が上がった。

住宅費や子育て費用、仕事や収入への不安、先の見えない将来。若者がためらっているのは、結婚の「手続き」ではなく、その先の「暮らし」である。

4年前、「私たちの代で終わりです」は、ロックダウン下で権力に突きつけた拒絶の言葉だった。それが今、結婚も子供も持たない若者が増える中国の現実と、奇妙なほど重なって見える。

その背景を知るうえで、覚えておきたい中国語がある。

「軟肋(ルヮンレイ)」だ。

 

家族は「人質」

「軟肋」は本来、肋骨の弱い部分を指す。そこから転じて、「弱点」「そこを突かれたら逆らえない弱み」という意味で使われる。

現代中国では、この言葉には独特の重さがある。

人にとって最も大切な家族、とりわけ子供が、その人を従わせるための「軟肋」になり得るからだ。

何かに抵抗しようとしても、「子供の進学や将来に響く」と言われれば、親は簡単には逆らえない。

実際、中国では子供をいわば「人質」にして、親を従わせようとする手口がたびたび見られる。本紙もこれまで、学校を通じて保護者に医療保険料の支払いを迫ったり、従わない親に「子供の進学や将来に響く」と圧力をかけたりする事例を報じてきた。

「軟肋」は、中国共産党に批判的な人々にとっても同じ重みを持つ。

海外にいても、中国国内に残る家族が「軟肋」とされ、圧力の材料にされることがあるため、自由に行動したり発言したりできるとは限らない。

そのため、中国共産党に批判的な海外在住の中国人のなかには、SNSの自己紹介欄に、あえて「私には軟肋がない」と書く人までいる。

単に「自分には弱点がない」という意味ではない。家族を使って脅しても、自分は黙らない。その覚悟を示す言葉なのだ。

そう考えると、上海の青年が残した一言の意味が、より鮮明に見えてくる。

「あなたの未来三代に影響するぞ」

そう脅された青年は、相手が持ち出した「三代」そのものを突き返した。

「私たちの代で終わりです」

次の世代がなければ、「三代」という脅しは成立しない。

言い換えれば、「あなたたちに握らせる『軟肋』はつくらない」という、静かだが決然とした拒絶だったのである。

 

4年たった今も

もちろん、現在の中国で結婚しない人、子供を持たない人のすべてが、政治への抵抗を考えているわけではない。経済的な事情もあれば、結婚や家族に対する価値観の変化もある。

それでも、あの一言が4年たった今も人々の記憶に残っているのは、一人の青年の言葉でありながら、あの時代を生きた多くの人の感情まで言い当ててしまったからだろう。

人は普通、守りたいものが増えることを幸せと考える。しかし、その守りたいものが「弱み」にされるなら、こんな言葉が生まれてしまう。

「ならば、弱みをあえて持たない」

結婚する若者が減り、政府が結婚や出産を促す現在の中国。

その姿を前にすると、上海封鎖のさなか、青年が静かに口にしたあの言葉は、過ぎ去ったコロナ禍の記憶だけでは片づけられない。

「私たちの代で終わりです。すみません」

李凌
中国出身で、日本に帰化したエポックタイムズ記者。中国関連報道を担当。大学で経済学を専攻し、中国社会・経済・人権問題を中心に取材・執筆を行う。真実と伝統を大切に、中国の真実の姿を、ありのままに、わかりやすく伝えます!