中国では国政に助言する政治協商会議が4日に、国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が5日に開幕した。この二つの重要会議を総称して「両会」という。
これにより、3期目となる習近平政権が本格的に始動する。習氏に対する忠誠度が「史上最高」ともいわれる側近で固められた新指導部は、中国をどこへ導いていくのか。海外からの関心も高い。
「陸橋の横断幕」が当局のトラウマに
「両会」が開催される首都北京では、会期中の「不測の事態」を防ぐため、路上の10メートルに1人の警官を配置するほどの厳戒態勢が敷かれた。
中共当局にとって忘れられない「不測の事態」と言えば昨年10月13日、中国共産党第20回全国代表者大会(全人代)の3日前に起きた「陸橋の横断幕事件」が挙げられる。
当時も厳戒態勢が敷かれていたものの、1人の抗議者によって北京市海淀区の陸橋に政権批判の横断幕が掲げられた。
事件はすぐにSNSなどで拡散され、世界中のメディアが報道した。この教訓もあり北京では「再発防止」を徹底すべく、今年は両会の前から、道路だけでなく多くの歩道橋や陸橋でも警備が強化されていた。その点だけを見れば「陸橋の横断幕」が当局のトラウマになったとも言える。
「陳情者を阻止せよ」に血眼になる地方政府
しかし北京の厳戒態勢は、テロや抗議事件に備えるというよりも、第一義的には、この時期を狙って全国各地から北京に殺到する「陳情者を阻止するためのもの」といっても過言ではない。
恒例のことだが、北京で重要会議があると、その開催にあわせて、地方政府から受けた不当な扱いや地方官僚の不正などを中央に直訴するため、全国各地からの陳情者が北京に殺到するのである。
そこで、地方からやってくる陳情者を阻止するべく、北京と地方の公安当局が結託して、その排除に努めている。
今年は、両会開催前から全国範囲でバスや列車などに乗る市民の身分チェックが徹底されている。北京のバス停で撮られたと思われるSNS投稿動画には、警官がバスに乗り込んで乗客の身分証を確認する様子が映されていた。外地から来た乗客を見つけると「北京へ何をしに来たのか」と問い詰める。
先月16日、地方から北京に来ていた陳情者が居住する「房山区閆村鎮大董村」を北京警察が「急襲」した。陳情者を不当に拘束して、その身柄を各地方政府の北京駐在事務所(駐京辦)に引き渡すという、強引な動きが報道されている。
拘束された陳情者はその後、各人の地元へ強制送還された。米国を拠点とする中国語ニュースサイト阿波羅新聞網(アポロニュースネット)が2月20日付で報じた。
スマホで買う「乗車券」は公安へ筒抜け
また「陳情者」とマークされている人がスマホで北京行きの乗車券を購入すれば、地元の公安局へすぐに通知されるようになっている。
地元の公安は、旅行の目的が何であれ、北京を訪ねようとする地元民をその自宅、あるいはバスターミナルや鉄道駅などで待ち伏せして、上京を阻止するのである。
地方政府は、なぜそこまで陳情民に「ご執心」なのか。民衆の陳情を受け付ける陳情局は、確かに北京にある。したがって陳情することは合法的な権利なのだが、その陳情局に訴える民衆が多いほど、地方政府の「失点」につながるのだ。
失点が多ければ、地方官僚の出世に響く。そのため、各地方政府は地元陳情者を北京に行かせないよう、血眼になっているのである。もちろん、陳情民を拘束して引き渡してくれる北京警察には、地元政府から「謝礼」の賄賂が渡される。
「北京へ行けば殺す」と脅す中国の警察
重要会議が近づくと、地方政府は「要注意人物」の監視を強化し、彼らの上京に神経を尖らすことになる。四六時中見張られたり、自宅軟禁される人も少なくない。「北京へ行ったら殺すぞ」と陳情者を脅迫する地元警察もある。
地元での妨害をすり抜けて、なんとか無事に北京へたどり着いたとしても、苦難はまだ終わらない。地方政府は陳情者を阻止すべく、屈強な要員を北京にまで派遣しているからだ。そのため、陳情者が北京駅や宿泊先などから強引に拉致されて、地元に連れ戻されるケースも多く報告されている。
中国の東北地方から北京にやってきたというある陳情者は、アポロニュースネットに対し「北京の陳情局に勤める一部の受付担当者は、すでに地方政府によって買収されている。陳情局に登録する陳情民の情報を、その地方当局に流している」と明かした。
知らせを受けた地方政府の要員はすぐに駆けつけ、陳情局を出る当該地方からの陳情民を待ち伏せし、車に押し込んで拉致するという。
「問題を解決しないで、問題を提起する人を解決する(不解決問題、解決提出問題的人)」。この有名な言葉通りのことが、正当な権利として陳情する民衆の身に、普遍的に起きているのである。
大爆発が予測不可能な「火薬庫」
実際、両会前の1週間ほどは、北京の国家陳情局の前にはほとんど陳情者の姿が見られなくなったという。陳情者はすでに北京から排除されて地元へ送還されているか、さもなければ北京へ向かう途中で捕まっているからだ。
先月28日に、陳情局前の様子を撮影した北京市民によれば「数日前まで、ここには大勢の陳情民がいた。12時間以上並ばないと窓口で登録できないほどの混雑ぶりだったが、今ではほとんどいなくなっている。しかし、これは何も正義が果たされたわけではない。陳情民は皆(地方政府に捕まって)強制送還された。今ここにいるのは、陳情民を阻止するために各地方政府が派遣した要員だけだ」という。
このように、北京当局や地元当局の「ご執心」により、今年上京する陳情者は激減しているらしい。しかし、動画撮影した市民が言うように「何も正義が果たされたわけではない」ことは明らかである。
「小事不出村、大事不出鎮、矛盾不上交」という。小事は村を出させず、大事でも鎮(町)からは出させず、矛盾(問題)があっても上級機関までは上申させない。つまり「とにかく隠蔽する」という風潮は依然として根強いのだ。
地方政府は相変わらず、庶民の不満の原因を早期に解決するのではなく、その場で問題や不祥事を揉み消すことにばかり精を出す。その結果、庶民の不満や反発がますます蓄積されていくのである。
「厳戒」の北京に、いつ「限界」が来てもおかしくはない。北京ばかりでなく、大規模な抗議活動が中国各地で頻発していることから、国民の我慢もいよいよ限界に近付いている。
今の中国社会はすでに「火薬庫」といわれるほど、国民の不満が蓄積されている。 いつ爆発するかは予測不可能であるが、その日は遠くないかもしれない。
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