最近、ニュージーランドやアメリカの海岸で、野生のアザラシやアシカに石や海藻を投げつけて面白がる中国人観光客の動画が拡散して、世界中から批判を浴びている。こうした観光地での動物虐待は中国人観光客の評判を地に落としている。日本では中国人観光客の奈良の鹿へのいじめ行為が日本の国民的な怒りを買った。
こうしたニュースに接すると、日本では「中国人は残酷だ」「マナーという概念がないのか」と、中国人全体に対する嫌悪感や排他主義が高まりがちだ。しかし私たちが忘れがちなことは、かつて中国に儒教が生まれ「仁・義・礼・智・信」を重んじ、自然との調和を説く高度な文明を持っており、古代日本をはじめ、多くの王、民族がそうした文化を模倣し吸収していた。
しかし現在、なぜ彼らは、何の罪もない動物を虐げて笑うことができるのだろうか。大紀元の社説『共産党についての九つの論評(九評)』によると、その背後には、中国共産党(中共)が数十年にわたり、中国の伝統文化を破壊し、国民に「闘争哲学」と「道徳破壊」そして「無頼の精神」を植え付けたからだ。『九評』の視点から、この事象の深層を3つのポイントで分析する。
自然や生命への畏敬の念の喪失 「闘争哲学」の刷り込み
野生動物が休んでいるところにわざわざ物を投げつけて目を覚まさせ、それを笑い者にし、動画に撮って楽しむという行為には、自然の生命に対する「畏敬の念」が決定的に欠落している。これは、中共が中国の伝統的な「天人合一(自然との調和)」の思想を破壊し、代わりに「天地万物は征服し、弄んでよい対象である」という闘争哲学を人民の骨の髄まで注入した結果だ。九評では以下のように述べている
「共産党は、『人は必ず天に打ち勝つ』と宣揚し、『闘争哲学』を持ち、天地自然を見下してきた。毛沢東曰く、『天と戦いてその楽しみは尽きず、地と戦いてその楽しみは尽きず、人と戦いてその楽しみは尽きぬ』共産党はその中から本当の楽しみを得たかもしれないが、人民はそのために痛ましい代価を支払った」
(【第四評】共産党は宇宙に反する「序文」)
幼い頃から「自然と闘い、征服することに楽しみを見出す」という党の文化で教育されてきた結果、彼らの目には野生のアザラシが「尊重し保護すべき自然の一部」ではなく「自分たちの好奇心や娯楽を満たすための単なる『物(ターゲット)』」としか映っていない。他者の命を意のままに操ることに「楽しみ」を覚える歪んだ心理は、中共の「天と闘い、地と闘う」傲慢な哲学が国民の行動様式を投影したものだ。
他者の苦痛を娯楽とする「善良なる本性」の破壊
海藻や石をぶつけられ、驚き苦しむ動物を見て「大声で笑う」という態度は、人間の持つ基本的な共感能力(惻隠の情)が麻痺していることを示している。中共は、伝統的な仏教の「善」や儒教の「仁」を「封建的迷信」として徹底的に弾圧し、代わりに政治運動を通じて「他人の苦しみに対して冷酷であること」を推奨してきた。その結果、他者の痛みに共感する能力が失われてしまった。九評では以下のように述べている。
「共産党は人間の持つ善良な本性を抑制し、人間性の悪の一面を鼓舞し、放任し、それを利用することによって、統治を強化しようとしてきた。次から次へと起こる政治運動により、良心を持つ人でさえ、暴力に恐れをなし沈黙に陥るのである。共産党は系統的に宇宙の普遍的な道徳観念を完全に打ち壊し、人類が幾千万年にもわたって維持してきた善悪廉恥を判断する基準を徹底的にひっくり返そうとしたのである」
(【第四評】共産党は宇宙に反する「一(一)善悪が入れ替わり、人間性が消滅させられる」)
1960年代に中国を血なまぐさい殺戮と破壊の地に変えた「文化大革命」などの政治運動で、親や教師を吊るし上げ、暴力を振るうことが「革命的」だとしたように、中共は「他者を痛めつける悪の快感」を放任してきた。
動物をいじめて笑う彼らの姿は、中共というシステムが長年かけて人間の心から「善悪廉恥」の基準をひっくり返し、他者の苦痛に対する感受性を破壊し尽くした悲劇的な結果と言えるだろう。
法律や規則を顧みない「国家の無頼化」の波及
ニュージーランドやアメリカには、野生の海獣に危害を加えることを禁じる厳格な法律やルールがある。しかし、彼らはそうした現地の規則を意に介さず、他人に制止されるまで自分勝手な行動を止めない。これは、法や天理を恐れず、自らの欲望のためなら手段を選ばない中共の「無頼(ならず者)」の性質が、そのまま一般市民のモラルを低下させていることの現れといえる。九評では以下のように述べている。
「今日に至って、中共はほとんど全ての伝統宗教を弾圧し、伝統的な価値観を破壊し、手段を選ばずに財を掠め取り、手段を選ばず人民を欺き、上の梁が曲がったため下の梁が歪み、社会全体を急速に無頼化している」
(【第九評】中国共産党の無頼の本性「七(三)国家の無頼化、中華民族は空前の道徳危機に直面している」)
国家の指導層自体が法律や道徳を無視して自らの利益を追求する(上の梁が曲がっている)社会では、国民もまた「バレなければ何をしてもいい」「自分の欲望が最優先」という「無頼(ならず者)」の思考に染まってしまう(下の梁が歪む)。海外の観光地で現地の法律を無視し、動物を虐待する行動は、中共によって無頼化された中国社会の病理が、国境を越えてあふれ出した現象に他ならない。
真の加害者を見据える
海外で非常識な行動をとる中国人観光客の行為は常識的に考えると確かに目に余るものがある。しかし、彼らを単に「野蛮な民族」と切り捨ててしまえば、問題の本質を見誤ることになりかねない。
彼ら自身もまた、中共による50年以上の統治によって、五千年の伝統文化と「人間の正常な倫理観(仁・義・礼・智・信)」を根こそぎ奪われた「精神的・道徳的な被害者」なのだ。私たちが怒りと非難を向けるべき本当の対象は、個々の中国人ではなく、人々の心から自然への畏敬や生命への慈悲を奪い去り、社会全体を無頼化させた「中共の暴政と党文化」そのものだろう。

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