習近平と毛沢東 日米中の過去と現在

2026/05/16
更新: 2026/05/16

1 根拠なき対日非難

4月29日、国連のNPT(核不拡散条約 / Non-Proliferation Treaty)再検討会議で、中国外務省の孫暁波軍縮局長は、「日本による核兵器の取得を断固として阻止しなければならない」と演説した。日本が核兵器を取得するなどという計画は皆無であり、この主張にはまったく根拠がない。

要するに日本に対する完全な言い掛かりなのだが、こんな根拠にない言い掛かりは日本国民の対中感情を悪化させ中国の国際的信用を失墜させるだけである。一体なぜ、こんな愚挙を中国はあえてするのか? 訝しんで当然であろう。

この謎は意外にも簡単に解ける。同日、中国国家金融監督管理総局の李雲沢局長の顔写真が公式サイトから削除された。翌日、中国証券監督管理委員会の前トップ易会満の党籍剥奪が発表された。

経済官僚の失脚と対日非難との連動には既視感がある。1970年前後の文化大革命時代である。

2 文化大革命とその時代

文化大革命とは、1966年から1976年まで中国全土で展開された大規模な政治運動である。「文化大革命」と銘打っているが、実態は、時の独裁者である毛沢東による、政敵粛清劇だった。

要するに政治闘争だったのだが、共産主義独裁体制下での政治闘争は、民主主義体制下では、想像もつかないほど、過酷で大規模である。少なく見積もっても3千万人以上が粛清つまり殺害されたと言われる。

ところが、この実態はまったく報道されず、日本を含む世界中で、文化大革命とは理想の世界を築く大変革運動であり、毛沢東は理想の指導者だと礼賛する報道が横溢していたのである。

興味深いことに、この10年間に中国の日本への態度は180度変わっている。この前半においては、日本の軍国主義復活を激しく非難していた。もちろん日本に軍国主義復活の兆しなどありはしない。根拠のない対日非難を繰り返すのは今も昔も中国の体質だ。

ところが後半になると、対日批判はピタリとやみ、時の日本の総理、田中角栄が北京に招かれ毛沢東と握手し、日中は友好関係を樹立した。まさに狐につままれたような思いを抱かされた日本人は少なくなかったろう。

3 毛沢東の失敗

文化大革命で粛清された代表的な人物は劉少奇である。彼は当時、国家主席の地位にありながら、突然行方不明となり後にその死が確認された。

事実上、毛沢東が劉少奇を政敵と見なし殺したわけだが、この背景が重要だ。

中国では三つの重要なポストがある。国家主席、中国共産党トップ、軍主席である。毛沢東は1950年代においてこの三つのポストを独占していたが、経済政策の失敗により1960年代、国家主席を劉少奇に譲らざるを得なかった。毛沢東は軍人であり、軍事に秀でていたが、経済のことは不得手の経済音痴であった。彼が1950年代に推進した経済政策いわゆる「大躍進」では中国全土で数百万人の餓死者(失業者ではない)が出たと言われる。

従って1960年代において、中国では、経済が最重要課題であり、劉少奇、周恩来、鄧小平などを始めとする、経済に明るい幹部が重用されたのである。

自分の独裁的権力が脅かされたと感じた毛沢東は巻き返しに出て引き起こしたのが「文化大革命」なのであった。

1960年代は、日本は高度経済成長期であり、中国の経済官僚は当然日本に注目していた。従って毛沢東は、彼らに親日派のレッテルを貼ろうとしていた。

それに気づいた当時の首相、周恩来は、「日本軍国主義復活」を非難するに至る。自分は親日派ではない証を立てたのである。

4 王毅と周恩来

結局、劉少奇は粛清され、鄧小平は逃亡し、周恩来は首相という地位を保った。対日非難のパフォーマンスが彼を救ったのだ。

この周恩来のかつての行動が現在の中国外相の王毅の姿に重なることは一目瞭然だ。

昨年11月8日に中国の薛剣総領事が高市総理を誹謗中傷するコメントをXに投稿した。これは前日に総理が「台湾有事は存立危機事態の可能性」と国会で答弁したことへの反発だったが、日本の外務省の抗議に対し、当初、中国外務省は薛剣投稿を擁護するという受け身の姿勢であった。

ところが12日に国務院(内閣)が逆ギレして高市答弁に「強烈な不満」を表明するや翌日に中国外務省も歩調を合わせて高市答弁の撤回を要求し始め、その後、王毅外相の「日本軍国主義の亡霊」という対日非難が始まったのである。

習近平はかつての毛沢東を崇拝しており、「反腐敗闘争」の名の下に政敵を次々に粛清している。王毅はかつての周恩来を見習い、日本軍国主義批判を繰り返して粛清を免れているのである。

5 歴史は繰り返す

「歴史は繰り返す」という格言はまさに中国のためにあると言えるかもしれない。日中関係のみならず米中関係も毛沢東時代と習近平時代は重なるのである。

1972年、時の米国大統領ニクソンは、突如、中国を訪問し毛沢東と握手して世界中を驚かせた。当時、資本主義の米国と共産主義の中国はイデオロギー上、不倶戴天の敵だったのである。

しかしベトナム戦争を終息させたい米国は中国の協力を必要とし、経済的に破綻していた中国は日米の投資を必要としていた。

まさにこの状況は、対イラン戦争を終息されるために中国の協力を必要としている米国と経済的に行き詰まりつつある中国の現在の状況ときれいに重なる。

トランプ訪中がニクソン訪中と同様に成功したのは、このためだ。まさに歴史が繰り返したのである。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。