米シンクタンク「ハドソン研究所」の中国問題専門家、余茂春氏は、中国が世界にもたらす大きな戦略的課題の一つは、中共政権が突然崩壊した場合に何が起きるのかという問題だと指摘した。
余氏は14日、ワシントン・タイムズへの寄稿で、過去数十年間の西側諸国の対中政策は、ほぼ一つの基本的な前提に基づいてきたと指摘した。それは、中国共産党(中共)が長期にわたって存続し、国際政治で重要な存在であり続けるという前提だ。しかし、中共が突然崩壊した場合、世界がどう対応するのかという別の可能性については、ほとんど真剣に検討してこなかったという。
余氏は、米政府と同盟国は「ポスト中共時代」に向けた計画を危機対応の一環として位置づけ、21世紀で最も大きな影響を及ぼしかねない政治的な激変に備えて、「戦略的保険」をかけておくべきだと主張した。
この寄稿は、ハドソン研究所が2025年7月に発表した報告書「共産主義後の中国 ポスト中共時代への備え(China after Communism:Preparing for a Post-CCP China)」を踏まえたものだ。
報告書には、軍事、情報、経済、人権、移行期正義、憲政統治などの専門家が参加し、中共政権が中国全土に対する中央集権的な統制を失った場合、国際社会と中国社会が初期の安定化段階で直面する可能性のある課題や、その後の移行の道筋を検討している。余氏は報告書の主要執筆者を務めた。
独裁政権は必ずしも盤石ではない
余氏は寄稿で、冷戦末期に起きた急激な政治変動を例に挙げ、一見強固に見える権威主義体制でも、短期間で統制を失う可能性があると指摘した。
1989年には東欧の複数の共産政権が数か月のうちに相次いで崩壊し、ベルリンの壁が崩壊した。約2年後にはソ連が解体した。余氏は「歴史は何度も、盤石に見える独裁政権が驚くほどの速さで突然消滅することを示してきた」と指摘した。
余氏は、長期にわたって続く共産党独裁政権であり、世界第2位の経済規模を持つ中国についても、政治体制が突然崩壊する事態は決してあり得ないとは言えないとの見方を示した。
また、ひとたび崩壊すれば、その影響は中国にとどまらないと指摘した。
核兵器、軍、経済を巡るリスク
余氏は、具体的な問題として次のような点を挙げた。
中共中央の権力が突然崩壊した場合、誰が核兵器を管理するのか。誰が軍を指揮するのか。武装警察、民兵、国家安全部、そして巨大な国内監視システムを誰が引き継ぐのか。危険な生物学関連施設の安全を誰が確保するのか。地方の軍司令官や治安機関のトップが地域を占拠し、軍閥化する事態を誰が防ぐのか。
余氏は、こうした問題は政権危機が起きてから対処を始めるべきものではないと指摘する。中央の権威が崩れれば、戦略兵器、軍、情報機関、治安部門の支配権を巡る争いによって、政治危機が急速に地域・国際安全保障上の危機へ発展する可能性があるという。
経済面のリスクも大きい。
人民元の安定をどう維持するのか。中国の銀行、政府債務、国有企業、外貨準備、さらに数兆ドル規模の国内資産をどう扱うのか。
余氏は、政治的な空白が生じれば、これらの資産を巡って支配権や正当性を争う事態が起き、さまざまな政治勢力や安全保障組織が奪い合う対象になる可能性があると指摘した。
「中国の数兆ドル規模の国家資産が、政治的空白の中で党・政府の特権層、軍幹部、治安機関のトップ、既得権益集団に分割されれば、旧共産体制が崩れた後、その跡に新たな寡頭体制が急速に形成される可能性がある」と余氏は指摘した。
「それは自由な中国の誕生ではなく、別の形の独裁体制の始まりにすぎない」
ロシア型の移行を避ける
余氏は、冷戦終結後のヨーロッパの政治転換が示すように、権威主義政権の崩壊が自動的に民主主義をもたらすわけではないと指摘した。
ポーランド、チェコスロバキア、東ドイツでは、共産政権崩壊後に困難な調整を経験しながらも、比較的早く新たな制度を構築した。その背景には、旧体制が崩壊する前から、社会の中に人材や組織、制度構想、社会を支える基本原則が蓄積されていたことがあるという。
余氏は「20世紀の政権移行から得られる最も重要な教訓は、準備が成否を決めるということだ」と述べた。
一方、余氏はソ連崩壊後のロシアを対照的な事例として挙げた。
当時のロシアには、成熟した民主制度の設計、統治を担える独立した市民社会、広く正当性を認められた国有資産の民営化制度、安定した憲政上の合意が欠けていた。
その結果、経済改革と政治上の場当たり的な対応が重なり、多くの国有資産が少数のオリガルヒの手に渡り、国家制度は弱体化した。最終的には再び民族主義的な権威主義体制へ向かったと余氏は分析した。
また、ウクライナについても、独立後、ソ連時代から残る腐敗ネットワークや寡頭政治、制度の脆弱さに長年苦しみ、より民主的で説明責任のある政治体制を構築するまでに数十年を要したと指摘した。
「独裁政権の死は、民主制度の誕生を意味しない」と余氏は述べた。
「中国で同様の激変が起きれば、その規模と影響ははるかに大きくなる」
中国の未来は中国人自身が決める
余氏は、「ポスト中共時代」に向けた計画は、アメリカが中国の政治体制を設計することでも、アメリカ式の制度を中国に押し付けることでもないと強調した。
「これは中国の未来を代わりに決めることではない。ましてや、アメリカが設計した政府を中国人に押し付けることでもない。中国の未来は、中国人自身が決めるしかない」と記した。
その一方で余氏は、アメリカ、日本、台湾、ヨーロッパ、オーストラリア、韓国、インドなどの民主主義国には、安全保障と経済の両面で直接の利害があり、中国で突然の政権崩壊が起きた場合に備える必要があると指摘した。
中国の政権崩壊が内戦、戦略兵器の拡散、金融崩壊、民族間の報復、あるいは別の形の権威主義体制へと急速に発展する事態を防ぐ必要があるという。
そのため余氏は、米政府に「ポスト中共時代」に備える常設の省庁横断型の対応組織を設置するよう提案した。
さらに、同盟国や海外の中国民主活動家、経済学者、憲法学者、反体制派、宗教指導者、海外華人コミュニティなどとともに、さまざまな状況を想定した政策の選択肢を検討すべきだとしている。
余氏は、その目的は決して「アかメリ式の中国」を設計することではなく、中国人自身が自由で平和な、法の支配と憲政を実践する中国を築くための条件を、可能な限り整えることだと述べた。
中共崩壊後に考え始めては遅い
余氏は、冷戦時代、西側諸国は40年以上にわたり、ソ連共産主義をどう封じ込め、打ち破るかを研究してきた一方、「もし共産主義が本当に崩壊したら、その翌朝に何をすべきか」という問題については、驚くほど十分な準備をしていなかったと指摘した。
「次は、歴史を幸運任せにしてはならない」と記した。
余氏によると、ハドソン研究所の報告書は、「ポスト中共時代」に向けた計画を政治的な空想ではなく、戦略的な準備として位置づけている。
報告書では、危険施設や戦略兵器の安全をどう確保するか、金融システムをどう安定させるか、国有資産をどう処理するか、中共軍や治安機関をどう再編するか、弱い立場にある人々をどう保護するか、秘密警察の記録をどう公開するか、真相究明と和解の仕組みをどう構築するか、最終的に新たな憲法制定のプロセスをどう始めるか、といった問題を取り上げている。
余氏は、準備は今から始めるべきで、中共が崩壊してから考え始めてはならないと強調した。その時になってからでは、すでに手遅れになっている可能性があるためだ。
「20世紀の政権移行から得られる最も重要な教訓は、準備が成否を決めるということだ」
「中共は今後数十年にわたって統治を続けるかもしれない。一方で、1989年の東欧の共産政権のように、ほぼすべての専門家が予測できないほどの速さで突然崩壊する可能性もある。その日がいつ来るかは分からない。しかし、再び不意を突かれたという言い訳は、歴史には通用しない」と余氏は述べた。
余氏は最後に、「共産主義後の中国」に備えることは、政権交代を求めることでも、混乱をあおることでもないと強調した。
むしろその目的は、権威主義政権の終焉によって、さらに大規模な内戦や兵器拡散、経済崩壊、新たな独裁者の台頭を招く事態を防ぐことにあるという。
余氏は、こうした準備を、21世紀で最も大きな影響を及ぼしかねない政治的な激変に備えるための「戦略的保険」と位置づけた。
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