「今さら天安門事件を語る意味はあるのか」
天安門事件の元学生リーダー、ウーアルカイシ(吾爾開希)氏は東京で開かれた37周年記念講演会で、そうした疑問に真正面から答えた。
「記憶が罪に問われるとき」
天安門事件から37年目を迎える6月4日の前夜、東京都内の早稲田奉仕園で「記憶が罪に問われるとき」と題した記念講演会と追悼キャンドルナイトが開かれた。
会場にはウーアルカイシ氏のほか、香港やチベット、ウイグルの人権活動家らが集まり、中国の人権状況や民主化運動の現状について語った。
ウーアルカイシ氏は講演の中で、「しばしば受ける質問」があると語った。
「今日、天安門事件を記念する意味はあるのか。37年も過ぎたのに、今さら語る意味があるのか」
その問いに対し、こう答えた。
「この出来事を記憶し続けること、それ自体が抑圧された人々の抵抗です」
さらに、「中国共産党が最も望んでいるのは、人々が事件を忘れることだ」と語った。
「彼らは私たちに忘れてほしい。だから私たちは忘れてはいけない」

また、「37年はあっという間だった」という見方にも異議を唱えた。
「37年があっという間だったなんてことはない」
「37年前に民主化を求めて広場に集まった学生や市民へ発砲し、戦車で学生たちをひきつぶした政府が今も中国を支配している」
だからこそ、この事件は過去の出来事ではないという。
「天安門事件で子を失った母親たちは今も政府からの謝罪を待っている、一分一秒を数えながら待ち続けている」
そして会場に向けてこう呼びかけた。
「私たちが共に記憶すること、それが共に行う抵抗です」
「暴政が最も恐れるのは、私たちが恐れないことだ(暴政最怕:我們不怕)」
「専制者が最も望むのは、私たちが絶望することだ(専制者最希望:我們絶望)」
そして最後にこう締めくくった。
「37年前、希望のために立ち上がり、そして命を差し出さざるを得なかった仲間たちを忘れないでほしい。彼らの勇気を忘れないでほしい」
「勇気は伝染する」

講演会終了後には参加者らがキャンドルを手に黙祷を捧げ、37年前に命を落とした人々を追悼した。
中国では今も天安門事件の追悼活動が厳しく制限されている。
それでも人々が語り続ける理由は何か。
「記憶すること自体が抵抗だから」だ。


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