2026年4月29日、東京体育館・会議室にて「日本の真の独立を目指す有識者会議(ECAJTI)」主催の第4回公開シンポジウム「危機に直面する日本の安全保障問題上の課題」が開催された。本シンポジウムにおいて、第30代航空幕僚長および第5代防衛省情報本部長を歴任した外薗健一朗氏が、「対外情報機関の創設」と題する基調講演を行った。
「欠陥商品」である日本の情報体制と米国の「情報の傘」への依存
外薗氏はまず、現在の日本の情報(インテリジェンス)体制の脆弱性に警鐘を鳴らした。インテリジェンス活動は本来、「諜報(対象国の動静を探る)」「防諜(外国のスパイ活動を防ぐ)」「謀略(対象国を自国の意図する方向に誘導する)」の3本柱から成り立つ。しかし、現在の日本は防諜と謀略の機能が実質ゼロであり、諜報においても人間を介して情報を取得する「HUMINT(ヒューミント:人的情報)」の機能を有していない。自衛隊の電波情報(シギント:SIGINT)や内閣衛星情報センターの画像情報(イミント:IMINT)などに依存しており、世界レベルで見れば「欠陥商品」しか提供できていないのが実態であると指摘した。
また、日本は米国からの情報提供に頼る「情報の傘」の下にある状態であり、そこから脱却するためには、日本独自で第一線の情報を取得し、情報の真偽を評価できる体制の構築が急務であると語った。
次世代インテリジェンスへの「4つのシフト」
こうした状況を打破する契機として、外薗氏は2025年10月の自由民主党・日本維新の会による連立政権合意書(2025年10月20日)にインテリジェンス強化が盛り込まれたことを挙げた。その上で、次世代インテリジェンスアーキテクチャ構築に向けた「4つのシフト」を提示した。
- 司令塔の創設: 米国の国家情報長官(DNI)に相当する「国家情報局」および「国家情報長官」の創設。内閣総理大臣の要求に基づき、情報コミュニティ全体を統括・調整する実務司令塔となる。
- 実行部隊の創設: 米国CIAや英国MI6に匹敵するプラットフォームとしての「対外情報庁」の創設。HUMINTを中心に、SIGINTやOSINT、IMINTを融合させた高度な情報収集・防諜・謀略を実行する。
- 人材のインフラ: 省庁横断的な情報要員の養成機関の設立。
- 法的な基盤: インテリジェンス・スパイ防止法制の策定。
インテリジェンス・コミュニティーの新たな司令塔
「インテリジェンス・コミュニティーの新たな司令塔」として構想されているのは、主に「国家情報局(および国家情報局長)」と「国家情報会議」の創設である。
1. 実務司令塔となる「国家情報局」と「国家情報局長」
米国における国家情報長官(DNI)に相当するポストとして「国家情報局長」が置かれ、コミュニティ全体の実務的な司令塔として機能する。具体的な役割は以下の通りである。
- 総合調整と情報集約: 内閣総理大臣や国家安全保障会議(NSC)からの「情報要求」を受け、外務省、防衛省、公安調査庁、警察庁、そして新設される「対外情報庁」などの各情報機関に対して要求を出し、情報収集活動の総合調整を行う。
- タイムリーな報告: 各機関のレスポンスを集約し、内閣総理大臣やNSCへ報告する。外薗氏は、米国のDNIが大統領に毎日インテリジェンスの報告を行っている例を挙げ、日本の局長も総理に対して毎日フレッシュな情報を提供するという重い役割を担うべきだと強調している。
- 政策立案のサポート: 国家の政策を立案する「国家安全保障局」に対し、正確な情報を提供することで、両者が一体となって国を支える体制が想定されている。
2. 「国家情報会議」の創設と外薗氏の懸念
一方、「国家情報会議」は、内閣総理大臣を議長とし、情報機関を持つ関係省庁の閣僚をメンバーとして、諜報や防諜に関する重要事項を調査・審議するための機関である。 しかし、外薗氏はこの国家情報会議の設置について、いくつか強い疑問と懸念を呈している。
- 閣僚による議論への疑問: インテリジェンスは極めてプロフェッショナルな領域の活動であり、情報のカスタマー(受け手)にすぎない閣僚たちが大々的に議論・審議するような性質のものではないと指摘している。
- NSCとの重複: メンバーが国家安全保障会議(NSC)とほぼ重複しており、別途新しい会議を設ける必要性に疑問を投げかけている。情報に関する議論が必要であれば、既存のNSCの中で行えばよいという主張である。
- 報告ラインの歪み: 法律の構造上、国家情報局が「国家情報会議」の事務局として位置づけられてしまう点に危惧を抱いている。国家情報局が本来成果を報告すべき相手は「国家情報会議」ではなく、「内閣総理大臣」と「NSC」であるべきだと述べている。
このように、新たな司令塔の創設は、日本においてこれまでになかった「システム化された情報要求と報告のメカニズム」を構築する大きな一歩であるが、実際の運用にあたってはNSCとの役割分担など、工夫すべき課題が残されているというのが外薗氏の見解である。
CIA・MI6に匹敵する対外情報プラットフォーム:対外情報庁
外薗氏の構想における、米国CIAや英国MI6に相当する「対外情報庁」の全貌は以下の通りである。これは、新たに創設される「国家情報局」の直轄組織として、「諜報・防諜・謀略」の3つの任務に専従する実働部隊(プラットフォーム)として位置づけられている。
1. 情報収集の4つの柱と統合運用
対外情報庁の情報収集は、以下の4つの手段を組み合わせて行われる。
- HUMINT(人的情報): 最も古典的かつ不可欠な手段であり、活動の中心となる。大使館員、会社員、報道記者などに身分を偽装(カバー)して現地に潜入し、対象国で直接情報を取得したり協力者を獲得したりする。
- SIGINT(信号情報): 無線通信、インターネット、衛星通信、サイバー空間からの情報収集。
- IMINT(画像情報): 衛星写真などの画像解析。
- OSINT(公開情報): SNSやAIを活用した情報収集であり、膨大な情報の処理と真偽判定を担う。
外薗氏は、現代のインテリジェンスにおいてはこれらの情報の「統合運用」が極めて重要だと指摘している。HUMINTで得た情報と、精度の高いSIGINTやIMINTを合体させることで、ターゲットの正確な居場所を特定するなど、極めて精度の高い情報作戦が可能になるとしている。
2. 組織立ち上げにおける「初動の鍵」と資金
日本にはこれまで本格的な対外情報機関が存在しなかったため、組織をゼロから創り上げる「創造の意識」を持った適任者(パイオニア)を初動メンバーとして確保することが不可欠である。出身省庁の適度なバランスを取りつつ初期メンバーを集め、彼らが中心となって組織設計と要員教育を進める必要がある。また、これら対外情報活動を軌道に乗せるための大規模かつ潤沢な資金の投入も必須条件とされている。
3. プロパー人材の育成と保護の仕組み
情報の質を最終的に決めるのは「人」であるため、対外情報庁の要員(情報プロパー)を育成・管理する独自のシステム構築が求められる。
- 独自の教育機関: 一般の省庁から切り離された、省庁横断的で高度なHUMINT要員のための養成機関を設立する。
- 固有の人事・俸給制度: 一般の公務員と同じ基準で管理するのではなく、危険を伴う情報活動に適した独自の人事・給与制度を整備し、将来的には組織内で育った「情報プロパー」がトップ(リーダー)に就けるキャリアパスを確立する。
- 要員の法的擁護: カバー(身分偽装)を用いて海外の最前線で活動する要員や現地の協力者が危機に陥った際、国家として彼らを保護・救出できるよう「情報活動基本法(仮称)」などを制定し、法的なセーフティネットを整備する。
対外情報庁は、単なる情報収集組織の枠を超え、世界基準のインテリジェンス能力を日本が獲得するための中心的な基盤となるものである。
情報の質を決めるのは「人」である:HUMINT(人的情報)の重要性
1. HUMINTがインテリジェンスの中核である理由
外薗氏は、新設される「対外情報庁」の活動の中心であり、最も古典的かつ不可欠な手段としてHUMINTを位置づけている。近年はSIGINT(通信・電波情報)やIMINT(衛星画像情報)の精度が格段に向上しているが、それらの情報とHUMINTを統合運用することで、ターゲットの居場所を特定するなど極めて精度の高い情報作戦が可能になる。しかし、最終的な情報の質を決定づけ、対象国で直接相手と接触して協力者を獲得するなど真意を探るのは「人」の力に他ならない。
2. 現在の日本の課題
HUMINT要員を育成・管理する体制について、現在の日本には以下のような課題があると指摘されている。
- 教育の限界: 基礎的な教育機関を持っているのは自衛隊に限られている。警察(公安)や公安調査庁などでも教育は実施されているが、法的な限界からその内容は限定的なものにとどまっている。
- 人事制度の埋没: 情報要員が、一般の省庁と同じ人事管理体系の中に埋没してしまっており、特殊な任務に応じた適切な評価や処遇がなされていない。
3. 改革の方向性
世界基準のHUMINT能力を獲得するため、外薗氏は以下の3つの改革の方向性を提示している。
- 省庁横断的な養成機関の設立 一般の省庁から完全に切り離された、高度なHUMINT要員のための独自の養成機関を設立する。これには、戦前の陸軍中野学校が職業軍人の匂いを消すために一般大学出身者を広く採用したように、多様なバックグラウンドを持つ人材を集め、幅広い学識と冷静な視点を持つ要員を育成することが想定されている。
- 「カバー(身分偽装)」の活用スキルの習得 海外の最前線で情報収集や現地の協力者獲得を行うためには、素性を隠す必要がある。そのため、大使館員(外交官)としてだけでなく、会社員や報道記者など多様な身分に偽装(カバー)して一般社会に溶け込み、活動する実践的なスキルを習得させる。
- 専門家としての特定管理(プロパー人材の育成) 危険を伴う特殊な対外情報活動に従事する要員を、一般公務員と同じ基準で扱うことは適当ではない。そのため、対外情報要員固有の人事・俸給(給与)制度を整備する。そして将来的には、他省庁からの出向者ではなく、米国NSA長官やサイバー軍司令官を務めた日系3世のポール・ナカソネ氏の例のように、組織内で育った生え抜きの「情報プロパー」が組織のリーダーに就けるようなキャリアパスを確立することが重要であると強調している。
インテリジェンス活動を支える「法的・制度的基盤」
外薗氏は、インテリジェンス活動を支える環境を大きく「情報保全と防諜体制」と「信頼の構築と要員の擁護」の2つの柱に分けて提唱している。
1. 情報保全と防諜体制(守りの法制)
国家の機密情報を守るためには、内部と外部の双方に対するアプローチが必要とされている。
- 特定秘密保護法(内部向け): 2013年に制定された既存の法律である。官僚や防衛産業の従事者など、日本の特定秘密を取り扱う「内部」の人間からの情報漏洩を防ぐことを目的としている。
- スパイ防止法(外部向け): 現在の日本に欠けており、制定が急務とされている法律である。外薗氏は、この法律は一般国民を対象とするものではなく、日本の情報を狙う「外国のスパイ」や、それに協力する「日本人スパイ」を取り締まるためのものであると強調している。
これら「内部向け」と「外部向け」の2つの法律が機能し、さらに警察組織が防諜措置の実行主体となることで、強固な防諜体制が構築される。また、同盟国(ファイブ・アイズなど)と情報連携を行うための大前提にもなる。
2. 信頼の構築と要員の擁護(活動を支える法制)
対外情報庁(日本版CIA)の要員が、海外の最前線で情報収集(HUMINTなど)を行うためには、彼らを国として守る仕組みが不可欠だ。
- セキュリティ・クリアランス: 情報関係者を対象とした適性評価制度である。警察の実施体制を強化し、情報にアクセスする人間の信頼性を担保する。
- 情報活動基本法(仮称): 海外で活動する情報要員や、現地の協力者を法的に擁護・保護するための新たな法律である。情報要員は身分を偽装(カバー)して活動することがあるが、万が一危機的状況に陥った際などに、国が彼らを日本に連れ帰って安全を確保するなど、法的なバックアップを行うための環境整備として位置づけられている。
外薗氏は、単に新しい組織を作るだけでなく、こうした法整備を並行して行うことが、要員が安心して任務を遂行し、日本が世界基準のインテリジェンス・コミュニティの一員となるための必須条件であると語っている。
先人たちの軌跡:戦前日本のインテリジェンス
外薗氏は、過去の日本が行った対外情報活動の歴史から、日露戦争期の「成功の源流」と、大東亜戦争期の「苦い教訓」の双方を学ぶ必要があると説いている。
1. 日露戦争期(成功の源流)
日露戦争が迫る中、当時の川上操六・陸軍参謀総長からの「ロシアの弱点を探れ」という明確な情報要求に基づき、数々の優れたインテリジェンス活動が展開された。
- 田中義一(駐露武官)の情勢分析 モスクワに4年間滞在し、上流階級から一般市民に至るまで幅広く情報収集を行った。その結果、ロシア国内には「不満のマグマ」が渦巻いていることを突き止め、内部崩壊の危険性があるためロシア軍は恐るるに足らず、という本質的な情勢分析を報告した。
- 福島安正(駐独武官)の長距離偵察 ドイツのベルリンに駐在していたが、シベリア鉄道の建設が進んでいるという情報を聞きつけ、その進捗状況を直接探るための任務に就いた。1年4ヶ月もの歳月をかけ、3頭の馬を乗り継いでベルリンからウラジオストクまで約1万4千kmを偵察した。その結果、シベリア鉄道の完成は「1904年(日露戦争開戦の年)」であると正確に予測し、開戦時期の判断に極めて重要な情報を提供した。
- 明石元二郎(駐仏→駐露武官)による高度な「謀略」 山県有朋の命により、ロシア帝国を内部から崩壊に導くための工作活動を命じられた。当時の金額で100万円という莫大な軍資金を与えられ、ロシア国内の反帝勢力や、ポーランド・フィンランドなどの独立派に資金や武器を提供し、彼らの反体制運動を強力に支援した。この高度な「謀略」が、後のロシア革命やロシア帝国の崩壊につながる大きな要因となった。
2. 大東亜戦争期(苦い教訓)
一方で、世界最高レベルの情報を取得しながらも、それを国家の意思決定に活かせなかったという痛ましい失敗の教訓もある。
- 小野寺信(駐スウェーデン武官)と情報の未達 小野寺信は、イギリスの防諜機関(MI5)から「ヒューミントの神様」と称賛され、畏怖されるほどの卓越した情報収集能力を持っていた。彼は、ヤルタ会談において「ドイツ敗戦の3ヶ月後にソ連が日本に参戦する」という密約が交わされたという極秘情報をいちはやく掴み、日本の参謀本部に打電した。しかし、ソ連を仲介とした和平工作に一縷の望みを託していた本国側は、この自国にとって不都合な情報を握りつぶしてしまった。結果として、中枢にこの超一級のインテリジェンスが届けられることはなく、日本はソ連参戦という最悪の事態への対応を誤ることとなった。
外薗氏は、現代の日本が新たな対外情報機関を創設するにあたっては、こうした先人たちの卓越した能力(成功体験)を受け継ぐとともに、得られた情報が適切にトップへ伝達・活用されないという「情報の未達(失敗の教訓)」をシステムとして防ぐ仕組みづくりが不可欠であると示唆している。
陸軍中野学校:日本オリジナル教育のDNA(1938-1945)
陸軍中野学校は、1938年に創設され、1945年の終戦で廃止されるまでの約7年間で2,500人の情報要員を輩出した総合インテリジェンス大学とも言える機関である。外薗氏は、現代の日本が対外情報機関を創設するにあたり、この中野学校が培った日本独自のDNA(3つの特徴)を受け継ぐべきだと語っている。
DNA 1:多様性と知性(脱・軍人化)
海外の一般社会に溶け込み、身分を偽装して情報収集を行うためには、職業軍人特有の匂いを消す必要があった。そこで中野学校では、知的水準が高く、広い視野と柔軟な発想を持つ一般大学や高等専門学校の出身者を積極的に採用した。実際、1945年の入校生(約150名)の90%以上が東京大学、拓殖大学、外国語大学、早慶などの一般大学出身者で占められていた。
DNA 2:教育哲学「謀略は誠なり」
中野学校の教育の中心には、「謀略は誠なり」という日本独自の哲学があった。これは「人を騙し、自国の意図する方向に動かすためには、本気で相手のために真剣に考える『誠実さ』が不可欠である」という考え方である。外薗氏は、このような発想は他国にはなかなか見られない日本オリジナルのものであると指摘している。また、個人の地位や名誉を捨てて国のために「埋め草」となる精神や、「民族解放の戦士」としての自覚を持ち、万難を排して生き残り任務を達成する姿勢が教え込まれた。
DNA 3:多角的なカリキュラム
中野学校における教育は、インテリジェンスの基本である諜報・防諜・謀略だけにとどまらなかった。宣伝(情報操作)や遊撃戦(ゲリラ戦)、さらには占領地における行政(立法・行政・司法)に至るまで、網羅的かつ総合的なカリキュラムが組まれていた。
こうした高度な教育を受けた中野学校の卒業生たちは、大東亜戦争期において、インド、インドネシア、ビルマ、ベトナムなどのアジア各国の独立支援やゲリラ戦指導の現場で、中心的な役割を果たした。例えば、インドネシアの郷土防衛義勇軍(PETA)の創設や、民間人でありながらマレーの盗賊集団を率いて英軍のジットラ・ライン要塞を突破した神本利男の活躍など、現場において「誠」と「謀略」を体現し多大な成果を挙げた。
インテリジェンスは国家の生存戦略である
講演の終盤、外薗氏は対外情報機関の創設やスパイ防止法の制定は、単なる組織改編や新法導入にとどまらないと述べた。それは、日本の国益と未来を自らの手で守り抜くための「国家の再構築」であるとし、「インテリジェンスは国家の生存戦略である」という力強い言葉で講演を締めくくった。
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