大洪水の後に残されたものは、まるで津波に襲われた海辺の町ような、惨憺たる光景であった。それが今、中国の内陸部である北京市・天津市・河北省で現実のものとなっている。しかも、満々たる黄土をふくんだ泥水は、まだ引いていない。
連日の豪雨のため、7月29日頃から多くの河川で警戒水位を超える水位を観測した北京当局は、7月31日から複数の水庫(ダム)で河北省や天津市に向けて大量放水を行った。この影響で、下流に位置する多くの地域で農地や市街地が水没し、停電するなど大きな被害が出ている。
天津市では、放水前に住民への通知は行われていた。これに対し、河北省への放水は「事前通知なし」だったことがわかった。河北省の住民は、この突然襲いかかってきた「天災プラス人災」に対して何の準備もできず、逃げ場もなかったという。
8月1日、北京からのダム放水(7月31日から開始)を受けた河北省は深刻な洪水被害を受け、なかでも涿州市(河北省保定市の県級市の一つ)では広範囲で水没が発生し、危機的状況に陥っている模様だ。
涿州公安は、2度にわたり「いつまで持ちこたえられるか、わからない」とのSOSをSNS公式アカウントを通じて発信した。しかし2件とも当局の検閲に遭い、削除されたことがわかった。
1日の時点で、数十万人が住む涿州市では全域で断水し、一部地域では停電も起きている。
現地からは「多くの村が水没した。村の中で高台にあるところでも、水は2階の高さまで来ている。待っているしかない。もうこれ以上、放水しないでくれ!」といった、ほとんど悲鳴のような声が上がっている。
あるいは「涿州市陽光大街浪潮一覽雲山の工事現場では20数人が立ち往生している、食べ物も飲み水もない、救助を要請する!」といった、具体的な救援要請のメッセージがSNS上に溢れている。
いっぽう、「ダム放水は(状況に応じて)仕方ないとしても、放水を開始する前、市民には何も知らされなかった。朝起きたら、家が水浸しになっていた」「たとえ放水を通知したとしても、その知らせを市民に行きわたらせる努力を全くしていない」など当局の不作為、あるいは通知後の努力不足を指摘する声は根深い。そうしたことから「明らかな人禍だ」として、政府への責任追及の声も広がっている。
(SNS投稿動画「涿州市大馬村の様子。水深4メートルになる家屋内で、窓枠につかまって救助を待つ11人の住民。水も電気も食べ物もない」)
上流からの放水をまる1日受けた涿州市公安局も、ついに1日夕方、緊急救援を求めるメッセージをSNSウェイボー(微博)の公式アカウントを通じて投稿した。
「全域で断水、一部地域で停電。市民を移動させるための船が大量に必要だ。こちらは、いつまで持ちこたえられるかわからない」ーー。
ところがその後、地元公安局は再度SOSを出すが、どこかの圧力をうけたためか、この2件の救援要請メッセージは削除されていた。
公式発表では、涿州市での死者は9人となっている。しかし民間では(犠牲者数をふくめて)実際の被害状況は、当局が公表する数値よりはるかに深刻であると考えられている。
(8月1日の涿州市の様子。水深4メートルほどまで溜まった水は動かず、引く気配を見せていない)
涿州市に限らず、河北省の他の地域でも状況は厳しい。同省の石家荘市では、氾濫した水のなかを歩いて感電死した市民がいた。また、邯鄲市や邢台市では複数の堤防が決壊し、多くの町や村が水没した。滄州市の一部道路も「川」と化した。
いっぽう北京では、8月1日も雨が降り続いている。河北省や天津市に向けて大量放水を行うことで最悪の事態を免れたとされる北京だが、その北京でも、洪水が引いた後の街中には、濁流によって流されてきた無数の車両が転がっており、様々な物品が散乱している。市民によると「ふくらはぎの高さまで、泥が堆積しているところもある」という。
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