黒竜江省チチハル市の中学校(チチハル第34中学)で7月23日、体育館の屋根が崩落する大事故が起きた。事故発生時に体育館内で練習をしていた女子バレーボール部の生徒や教員らが下敷きになり、中国当局はこれまでに11人の死亡を確認したと報じている。
この信じ難い事故をめぐり「おから工事(手抜き工事)」の疑惑や「当局への責任追及」の声も噴出している。当局は、世論誘導に躍起になるとともに、遺族を抑え込むことで「安定維持」を図ろうとしている。
「民衆の怒り」に火が着いた
何の罪もない、愛らしい花のような中学生の命が、絶対にありえない事故で理不尽に奪われた。
中国の民衆の心は今、愛する娘を亡くして悲しみに暮れる保護者に寄り添うとともに、事故を起こした(そのような欠陥建築を容認した)当局に対する「怒り」に燃え上がっている。そうした怒涛の民意を前に、内心は震え上がっているのが現地の当局なのだ。
29日、チチハル市と同じ黒竜江省のハルビン市にある「ハルビン国際会展体育センター」で行われたサッカーの試合で、出場する選手や観客らが天に向かって、両手の人差し指を突き立てた。
それはまさに「11人」を示すハンドサインである。これを機に、チチハルの事故で亡くなった「11人」へ哀悼の意を表すシーンが中国全土に広がった。
チチハルの崩落事故に追悼の意を表すため、このサッカー試合の宣伝ポスターは白黒のモノトーン調であるうえ、ボールと競技場の半分がサッカー、半分がバレーボールという特殊なイラストまで載せられていた。
そのほか、関係者によると、黒竜江省のサッカーファン組織は「試合開始前に、チチハルの犠牲者へ全体で黙祷を捧げること」を計画していたが、中国当局の圧力があって、その計画は断念せざるを得なかったという。
試合開始から35分後、「黑龍江冰城」チームが先制点を決めた。すると、選手たちは両手の人差し指を空に向けて「祝杯」をあげた。これに応じて観客も一斉に立ち上がり、同じように両手の人差し指を空に向けて「11人」を示し、チチハル事故の犠牲者に対して、哀悼の意を表した。
試合終了後、選手と観客は再度両手の人差し指を空に向けるポーズをとり、大きな声で米国のフォークソング「紅河谷(Red River Valley)」を合唱した。
この両手の人差し指を空に向けるジェスチャーが意味する「11人」は、平時であればサッカーチームのプレイヤーの数であるが、今は完全に「もう一つの意味」つまりチチハルの事故の犠牲者数を暗示するものと理解されている。
(下の動画は、両手の人差し指を空に向けるポーズをとり、米国のフォークソング「紅河谷(Red River Valley)」を合唱するサッカー選手と観客)
中国当局の「冷酷な対応」を糾弾
29日、著名なインフルエンサーはSNSウェイボー(微博)に、「なぜ学校側は、死者に追悼の意を表さないのか」「なぜ追悼の花を、学校の敷地内に置くことが許されないのか」と糾弾する文章を発表し、多くの共感を呼んだ。
世論の圧力に押されて、学校側は事故発生から1週間後にようやく弔辞を発表した。しかし、この学校側の遅すぎる対応に対して「全く誠意がない」とする批判の声は大きい。しかも中国政府の高層は、いまだに犠牲者の遺族に哀悼の意を表していない。
事故の後、中国当局はただちに「安定維持」モードを発動した。彼らがまっ先にやったことは、事故の原因究明や被害者救済を講じるのではなく、事故に関する全ての情報封鎖であった。
そのため、ネット上の事故関連の情報や動画は今も厳しい検閲を受けている。事故当日、犠牲者遺族は病院で数時間も待たされた。夜になっても担当者は現れず、我が子の生死さえ分からなかったという。
現場(病院)には、手にA4サイズの紙の束を持った当局者と思われる男もいて、まだ娘と会っていない保護者や遺族に「上訪しない誓約書」への署名を求めた。その様子を映した動画がネットに拡散されているが、この「上訪をしない誓約書」に署名しなければ(すでに遺体となっている)自分の子供に会うことも許されないというのだ。
目下のところ、事故の夜にネット上に流出した数本の動画を除けば、遺族からの発言は伝えられていない。このことからしても、当局が躍起になっている「安定維持」の強度が伺われる。
現場に「桃の缶詰」が送られてくる訳
少女たちの悲劇的な死に対する中国当局の冷酷かつ無慈悲な対応は、いっそう中国国民の怒りに火をつけることになった。
地元チチハルだけでなく、中国各地の民衆が相次いで、花束やミルクティーなどの追悼品をネットで注文し、事故のあった学校へ配達するよう手配している。事故のあった中学校周辺の空き地や歩道は、花やロウソク、桃の缶詰、中学生が好きなお菓子やミルクティーで埋め尽くされた。(ただしその後、7月30日にそれらの追悼品は当局によって一掃される)
中国メディア「上観新聞」によると、献花や黙祷に訪れる人たちの多くが、弔意を表す黒い服を着ており、みな無言だが、その目には涙が溜まっている。ロウソクの火が風で消えると、市民たちはすぐに火を灯すのだという。
チチハル市で配達員をしている李さんによると、1日に100件以上、事故の追悼に関連する注文をこなしているという。「ある日は、桃の缶詰24缶入りの箱を持ってきました。学校の前で、1缶ずつフタをあけてロウソクのそばに置きました。その写真を撮って、注文した顧客に送ったのです」と李さんは振り返る。
確かに、現場には多くの「桃の缶詰」が供えられている。そのわけは、子供たちが好きな果物だからという理由のほかに、中国語で「桃」と「逃」は同じ発音であるため、桃には「逃離」の寓意があるからだ。つまり「この劫難から逃れて、みんな天国へ行けるように」という願いが込められているのである。
それにしても、なぜ、これほど多くの追悼品が寄せられているのか。関連動画を投稿したネットユーザーは「これら無数の花やミルクティーの背景にあるのは、抑圧された中国国民の怒りである。火山の噴火が迫っている」と書いた。
つまり、当局がこれを抑圧し隠滅しようとすればするほど、全国の中国人がそれに反抗するように逆の行動をとり、大量の「追悼品」をチチハルの現地へ送るのである。
「不慮の事故で亡くなった中学生に、食べてもらいたい」というのが第一義ではあるが、それだけではない。今や、この「桃の缶詰」は、中国人の不満と怒りが詰まった爆弾にちかい意味をもつものになっているのだ。
だからこそ「火山の噴火が迫っている」というネット民の指摘は、きわめて具象的であり、もはや遠い未来を指しているのではない。この沸騰した民意を例えるならば、すでに「爆発寸前の火薬庫」と言っても過言ではないだろう。
チチハル第34中学校の門前にひろがる「花海(花の海)」には、中国国民の深い悲しみとともに、当局に対する民衆の怒りが渦巻いている。当局が、恐れおののき「安定維持」に狂奔する理由は、そこにある。
(下の動画は、中国全土から送られた「追悼品」で埋め尽くされた、チチハル第34中学校の門前の光景)
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