国際エネルギー機関のネットゼロ・ロードマップは「未熟な幻想」だ!

2023/07/09
更新: 2023/07/09

ニュース分析
2年前、国際エネルギー機関(IEA)は「2050年までにネットゼロを目指すためのグローバルエネルギーセクターのロードマップ(Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector)」を発表した。その頃、気候活動家やESG投資家たちは、欧米企業による石油・ガス生産への投資を阻止する活動を展開しており、IEAに匹敵する権威からお墨付きを得ていた。

その結果、2050年までにカーボン排出・ネットゼロ(NZE)を達成しようという試みが、ESGの「E」(Environment:環境)の中心となり、IEAのネットゼロ(NZ)ロードマップが、エネルギー企業のNZEの基準を与えることになった。

そこで、リアルクリア財団は、新規油田・ガス田への投資を停止した場合の経済的な影響を評価するために、エネルギー政策研究財団(EPRINC)に依頼して、IEAのNZEに関する主要報告書の科学的分析を行った。EPRINCの分析によれば、IEAの仮定は非現実的であり、内部矛盾しており、しばしば炭化水素燃料の増産につながることが示された。

実際、IEA のNZロードマップは、エネルギーコストを劇的に増加させ、欧米経済を壊滅させ、人々に多大な苦痛を与えるもので、グリーン・ミラージュ(未熟な幻想)である。 そのため、投資運用会社や銀行が他人の資金を利用し、この「反投資政策」を推進すれば、退職者、投資家、株主への利益を最大化するという受託者義務に違反することになる。

IEAが提唱するNZロードマップでは、炭化水素の代替手段、主に風力と太陽光(原子力はほとんど考慮されていない)には優位性があり、石炭、石油、天然ガスの需要が萎縮するという前提を置いている。

こういう前提があるにもかかわらず、進歩的なグループはIEAの報告書を利用し、新たな石油・ガスプロジェクトへの投資禁止を正当化し、実際にそれを要求した。

68兆ドル以上の資産を運用する投資家700人からなるグループ「Climate Action 100+」は、  このIEAの報告書を重大な分岐点として歓迎して、新たな化石燃料採掘への投資を、「比較的保守的なIEA」が即時停止するよう求めたことを強調した。

同様に、非営利の気候変動活動投資家である「As You Sow」は、IEAのNZE報告書を画期的なものだと述べた。2023年の議決権行使シーズンに向けて、「As You Sow」は、米国の大手銀行5行に株主決議案を提出し 、2050年までにNZを達成するよう、財務活動の調整を求めた。

これらの決議案はすべて失敗したが、昨年、エクソンモービル年次総会で、もう一つの活動投資家で「Climate Action 100+」の創設パートナーでもあるセレスが決議案を提出した。これはIEAのNZE報告書を引用したもので、エクソンモービルの取締役会に対して、「IEAが設定した前提が同社財務諸表に対してどのような影響を与えるのか」について、監査済み報告書を作成するよう要請し、この決議は議決権を持つ株主51%から支持された。

IEA自身も、供給抑制を目的とした一方的な行動がもたらす悲惨な結果を憂慮している。

IEAは「2022年ワールド・エネルギー・アウトルック」中で、「クリーンエネルギー政策や需要に先んじて化石燃料投資の削減を行っても、NZEシナリオと同じ結果にはならないだろう」と警告している。

「需要よりも供給転換のスピードを上げるとしても、クリーン技術投資の急増に先行して化石燃料への投資を減らしてしまえば、我々の世界の実態がそうであるように、色々な物価が長期間にわたって大幅に上昇する」。

これに対して、IEA は、再生可能エネルギー(再エネ)にエンゲルス理論を適用し、共産主義国家になぞらえて、「石油とガスの需要はいずれ枯渇するものだ」と述べている。

IEAは、需要陳腐化という推論の下に、炭化水素の価格は低く下落すると予想している。それによれば、2030年の石油は1バレル当たり35ドル(現在の水準の約半分)、天然ガスは米国では100万Btu当たり2.1ドル、EUでは2.0ドルとなるとのこと。

これらの予測が空想であることを、歴史が教えてくれる。 1997年1月以降の318か月のうち、米国の天然ガス価格が2.10ドルを下回ったのはわずか26か月だった。そのうち7か月は2020年のことで、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックにより需要が抑制されたためだった。

バイデン政権がガソリン価格の抑制という非戦略的な目的を達成するために、石油備蓄を使用したことからも類推できることだが、供給に投資しなければ、需要が供給をますます上回り、価格が高騰する可能性がはるかに大きくなる。

EPRINC は、NZの供給不足と IEA の政策シナリオとを比較している。過去の需要価格弾力性に基づけば、石油とガスの両方で35%の供給格差があるため、NZシナリオによる物価高騰は 3 倍以上になると推定される。この規模の物価上昇が不況を引き起こすか恐慌を引き起こすかにかかわらず、世界の成長に重大な悪影響を与える。

このコインの裏側には、風力と太陽エネルギーの相対的なコストがある。IEAは、「再エネ技術はますます安くなり、電力はゼロへの競争で優位に立つことができる」と主張している。しかし、IEA 自身が発表した数字を見ると、ポスト化石燃料の未来では、生産するエネルギー量に比べ、莫大な量の資本、労働力、土地を必要としており、これは再エネの劣勢を証明していることになる。

IEA のNZシナリオでは、2030 年までにさらに 16兆5千億ドルの資本が投入される。投資が増えれば労働の効率も上がるが、クリーンエネルギーには当てはまらない。再エネは 38.5% 程度多くの労働力を必要とし、世界の雇用が 2500 万人近く増加することを意味する。しかし、このエネルギー・システムから得られるエネルギーは 7%少なく、従業員 1 人当たりのエネルギー生産量は 33.0% も減少するという悲惨な結果になる。

成長経済学が主張する「持続的な経済成長の方程式」に照らせば、土地、労働力、資本の投入量を増やして、生産活動の結果としての生産量が減るという理屈は成り立たない。まったく逆である。IEAのNZシナリオは、産業革命の黎明期から進行してきた、「少ない投入量でより多く生産する」という社会のプロセスを逆転させるものだ。これは世界を貧困化し、最貧国の何十億人もの人々に最悪の影響を与える。

また、再エネには環境に与える悪影響という話まである。このため、風力や太陽光発電を導入することで得られる唯一の利益は、脱炭素化ということになる。NZに経済的なメリットがあるとしても、気候変動に関する政府間パネルやNZ目標を採択した国の政府は、それを証明する費用便益分析を行っていないのである。

このため、ESGを重視している投資運用会社は窮地に立たされている。IEAは2022年ワールド・エネルギー・アウトルックの中で、「ESG投資運用会社は石油・ガス会社に対して、彼らの投資プログラムをNZに合わせるよう圧力をかけており、これが高インフレと低成長を招き、現在のマクロ経済の低迷の一因となっている」と暗に認めた。

これらの投資運用会社は、現在および将来の退職者、貯蓄者、株主の利益を最大化するという受託者義務を負っている。世界的な大惨事が来ると信じている彼らは、それを回避するために企業価値を破壊し、自由市場の成長マシンを逆回転させようとしている。しかし、彼らには、そのために他人の資金を使用するという権能は与えられていない。

NZE には地政学的な側面がある。IEAはロードマップの中で、2050年の世界石油市場に占めるOPECのシェアを37%から石油マーケット史上最高の52%に上昇するとみている。ESG投資家の圧力を受けて、非OPEC産油国が原油生産を急激に減らし、一方OPECは投資を続ける場合は、OPECのシェアは2050年までに82%という驚異的な水準に達する。

地政学的緊張が高まり、エネルギー安全保障についての戦略的な重要性が問われている。手痛い教訓から西側諸国は学び直そうとしているときに、ESG投資家は故意であろうとなかろうと、西側諸国の安全保障上の利益を損なっている。

50年近く前、キッシンジャーは  IEA設立の契機となったピルグリム・スピーチを行い、新エネルギーグループの目標を「必要なエネルギーを妥当なコストで供給すること」と定義した。IEA は、当初の使命に忠実であり続けるという選択もできたはずだ。

IEAはNZのチアリーダーになろうとするあまり、気候原理主義者のツールとして利用されている。IEAは政策立案者を欺き世界経済と欧米の安全保障を危険にさらし、創設された目的を放棄している。
 

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。