愛知県の元市議、広州麻薬密輸未遂事件 9年の長期勾留で体調悪化

2022/07/05
更新: 2022/11/26

中国から日本への麻薬密輸未遂で9年間留置されている愛知県稲沢市元市議・桜木琢磨氏(78)の二審が20日、広東省高級人民法院(高裁)で開かれた。桜木氏は無罪を主張した。法定代理人を務める徐昕弁護士によれば、桜木氏は「騙された」と述べ、覚せい剤の存在は全く知らなかったという。即日結審し、後日判決が言い渡される。いっぽう一審では判決まで数年に及び、桜木氏は長期勾留で体調を悪化させている。

一審は2014年8月、広州中級人民法院(地裁)で開かれた。弁護側によれば、桜木氏が確信を持って覚せい剤を運んだとの「麻薬運搬」を立証できず、罪状を「麻薬密輸」に切り替えた。20回あまり判決は延期され、結審から5年も経った後の2019年11月に無期懲役判決が言い渡された。推定無罪であるとして弁護側は上訴。およそ2年半後となる今年の6月、二審が開廷した。

発端はナイジェリアをめぐる詐欺

ことの発端は90年代に遡る。市議を5期連続務めてきた桜木氏は、産業機器の輸出入に関わる国際貿易会社の経営者でもあった。しかし、ナイジェリアをめぐる詐欺に遭い、桜木氏は約23万ドルの損失を被った。

「回収を手伝う」と申し出た国際機関職員を名乗る同国籍男性ハサン氏と5年あまりのやりとりを交わしたのち、桜木氏は2013年10月、同氏の手配で広東省広州市に渡った。「すでに資金は中国に渡った」との説明を受け、資金回収のためのナイジェリア裁判所や国際機関の文書にサインするよう求められたという。

桜木氏はハサン氏の代理人のマリ籍の男と面会し、東京にいるハサン氏の妻に渡すための女性用サンダル等の製品サンプルを入れたスーツケースを出国時に運ぶよう依頼された。

起訴状によると、広州白雲国際空港の手荷物検査で、サンダルの厚底部分やスーツケースの二重底から覚せい剤約3.3キロが見つかった。桜木氏は否定したが、身柄を拘束された。検察は、桜木氏と前出のマリ籍の男、そして同居人のガーナ籍の男の計3人を麻薬運搬と麻薬所持で2014年に起訴した。いっぽう、ハサン氏の行方はわかっていない。

徐昕氏ら弁護士は桜木氏の無罪を主張する。「桜木氏は(麻薬密輸ではなく)だまし取られた資金を取り戻すためだけに中国に来た。 製品サンプルを運ぶ手伝いを請け負ったのは、紛争解決に対する恩に過ぎず報酬の約束はない。誰が他人のために無償で麻薬を運ぶだろうか」と、一昨年前のブログで推察を示した。

北京理工大学大学院法学教授でもある徐昕氏は、刑事弁護に関わる同僚らと検証した上で、桜木氏を冤罪と見なし無償の法的支援を行うことを引き受けたという。

麻薬犯罪者は常に「運び屋」を探す

中国共産党と政府は麻薬事件について死刑を固持している。一橋大学の王雲海法学教授の発表した論文によれば、19世紀のアヘン戦争で西側列強国により「半植民地化」した中国は、麻薬を強力な武器と見なし、重大な政治的破壊行為と捉えているためだという。政治的な背景により麻薬犯罪は極刑が妥当との見方だ。

麻薬犯罪を定める中国刑法第347条によると、麻薬を密輸、販売、運搬または製造した者は数量の多少にかかわらず、すべて刑事責任を追及を受け処罰される。

2019年11月に桜木氏の一審判決が下った際、中国外交部の趙立堅報道官は同月の記者会見で「日本の領事館には通知している」と述べた。

日本外務省によれば邦人が薬物犯罪に問われた際、大使館や総領事館は家族の面会や連絡といった支援は可能だが、その国の司法手続きに従うため、釈放や減刑等の要求はできないという。外務省は次のように注意喚起する。

「現行犯で逮捕された場合、人から預かった鞄や荷物の中身が『違法薬物だとは知らなかった』等と釈明しても、捜査当局は放免してくれません」

「麻薬組織は、常に『運び屋』になりそうな人を探しています。金銭的な報酬で取引きを持ちかけてくることもあれば、恋愛感情や力関係(先輩と後輩の関係、借金の返済圧力等)を利用することもあります。特に、素性がはっきりしない、或いは、親交の浅い知人等から、無料の海外旅行、謝金付きの荷物運びまたは知らない人への荷物の転達を持ちかけられた場合は、相手にいくら『荷物は危ないものではない』等と説得されても、引き受けないでください」

「信じる」

徐昕氏によれば、桜木氏は粘り強く詐欺による資金回収の試みを続けていたという。2010年には桜木氏は夫婦でマレーシアに渡り、仲介するハサン氏と交渉を続けた。

徐昕氏の以前に桜木氏を担当した宋福信、陳偉雄の両弁護士もまた、冤罪を6年以上主張し続けた。犯罪スキームに巻き込まれ、麻薬の存在は知り得なかったという。裁判では弁護士はブログのなかで、稲沢市議会による人物評価や妻の証言、日本の弁護士らの協力を経て、日本の領事館を通じて法廷に資料を提出していることを明らかにした。

検察は、桜木氏の訪中が麻薬犯罪に関わっていると問い詰めたという。国際貿易の仕事をし社会経験豊富な議員であるはずが、一度も会ったことのない外国人がなぜ借金を取り立ててくれると信じるのか。どうして(ナイジェリアをめぐる詐欺が)中国で文書を署名することに疑わないのか。ナイジェリア裁判所発行文書がなぜ第三者の立会もなく公式なものだと考えたのか。なぜ他人の荷物を運んだのかー。

一審で証言に立った妻によると、夫婦は敬虔なクリスチャンだという。夫は決して嘘をつかず、人を信じやすく、仕事仲間からも好評を得て、その結果18年も有権者から支持され続けたと述べたという。

桜木氏本人は「私は確かに人を信じやすい。子供の頃から受けてきた教育であり、私もそのように子供に教育してきた。騙されることを常に心配しているようなら、それは人生ではない」と述べたという。

弁護士は、控訴側(検察)が、桜木氏がだまされたという事実を否定する証拠、つまり麻薬を運ぶという確信を持っていたとの証拠を提出できないならば、桜木氏は推定無罪と認められるべきだと主張する。

弁護側によれば、20回も繰り返し判決を延期したのは検察側の一審結果が思わしくない(証拠不十分)ためだと指摘。徐昕氏は「裁判は必ず開かれなければならない」と2審開廷の数日前の6月17日、ブログに書き込んだ。

裁判が長期化する中、高齢の桜井氏は体調を悪化させている。徐昕氏によれば、桜木氏は多くの歯が抜け落ち飲食に難儀している。左肘関節にこぶができ、憂鬱であるという。「家に帰るまでの道は遠く、中国で命を失う恐れは高い。見通しは悲観的だが一縷の望みはある」と徐氏はつづっている。

日本の安全保障、外交、中国の浸透工作について執筆しています。共著書に『中国臓器移植の真実』(集広舎)。