厚生労働省の中央最低賃金審議会は7月28日、2026年度の最低賃金について、全国加重平均を時給1176円とする目安を取りまとめた。現在の全国平均1121円から55円の引き上げで、伸び率は4.9%である。金額は過去最高を更新したが、引き上げ額・引き上げ率はいずれも6年ぶりに前年度を下回った。物価高が続くなか、賃上げの勢いには一つの節目が訪れている。
2026年最低賃金1176円の決定内容

ここで押さえておきたいのは、1176円はあくまで国が示す「目安」であるという点である。実際に時給へ反映される額は都道府県ごとに異なり、地方の審議会が地域の実情を踏まえて最終的な改定額を決定する。
2025年度も、目安は63円であったが、最終的には全国平均で66円の引き上げとなった。今年も最終的な全国平均は1176円を上回る可能性がある。
労使の隔たりも大きかった。労働者側は当初、75円の大幅な引き上げを求めたが、原材料費の高騰を背景に慎重姿勢を示す経営者側との協議の末、55円で決着した経緯がある。
なぜ賃上げは続くのか(物価・人手不足・政策)
最低賃金は最低賃金法に基づき、①労働者の生計費、②賃金、③企業の支払い能力――の3要素を考慮して決定される。近年の急速な引き上げの背景には、主に次の要因がある。
– 物価上昇と生活費の増大:食品や光熱費の値上がりが続き、生活を支える「賃金の下限」を引き上げる圧力が強まっている。これは生計費に直結する要因である。
– 深刻な人手不足:労働力の確保が難しくなり、企業側も人材を引き留めるために賃上げを避けにくくなっている。
– 政府の強い目標設定:石破政権は「2020年代に全国平均1500円」という目標を掲げ、従来の「2030年代半ば」から前倒しした。目安を上回る引き上げを行った都道府県に対し、補助金や交付金で支援するなど、国の関与も強まっている。
– 国際比較への意識:EUが「賃金中央値の60%」や「平均賃金の50%」を参照指標として示していることや、日本の最低賃金が国際的に低水準とされていることも、審議の前提として意識されている。
過去10年の推移と「減速」の意味

過去10年余りの推移を見ると、引き上げの加速、コロナ禍での一時停滞、その後の再加速、そして今年の減速という流れが確認できる。
注目すべき点は三つある。2020年度はコロナ禍の影響で、引き上げはわずか1円にとどまった。その後、2023年度に初めて1000円を突破し、2025年度の66円増は過去最大の上げ幅となった。そして2026年度は、金額自体は過去最高を更新したものの、上げ幅は縮小に転じている。物価高が続くなかでの減速は、中小企業の負担への配慮が働いた結果とみられる。
世界比較で見える日本の位置(円安の影響)

この点は誤解を招きやすい。結論から言えば、「為替レートで換算すると低いが、国内の賃金水準との比較では必ずしも低いとはいえない」という二面性がある。
まず名目額を主要国と比較すると(1ドル=約164円で換算した概算)、日本は西欧や豪州の半分以下であり、米国の連邦最低賃金と同程度に見える。米国の連邦最低賃金は7.25ドルで、2009年以降据え置かれている。ただし、米国では州の権限が強く、多くの州や都市が連邦水準を上回る最低賃金を設定している。例えばワシントンD.C.では17ドルを超える水準となっている。
ただし、この比較には注意が必要である。この「低さ」の大きな要因は円安である。1ドル=164円という歴史的な円安が、円建ての賃金をドル換算した際に押し下げている。
より本質的な比較は、各国において最低賃金が平均賃金に対してどの水準に設定されているかである。EUやOECDもこの指標を重視している。この観点から見ると、日本の最低賃金は絶対額では低めであるものの、平均賃金に対する比率では比較的高い水準にある。すなわち、「日本の最低賃金は著しく低い」との評価は、為替換算では一定の妥当性があるが、購買力の観点では過度な単純化である。
中小企業への影響とコスト圧力
賃上げは労働者にとってプラスである一方、企業側には無視できない負担も生じる。
– 中小企業の負担:最低賃金の引き上げは時給だけでなく、残業代、賞与、社会保険料にも波及する。飲食、小売、介護など人件費比率の高い業種ほど影響は大きい。価格転嫁が難しい地方企業や下請け企業では、経営への打撃が懸念される。
– 「1500円目標」の実現性:仮に2029年度までに1500円を達成する場合、2025〜2029年度に年平均7.3%の引き上げが必要とされる。今年の4.9%はこの水準を下回っており、目標達成のハードルは高まりつつある。
– 急激な引き上げの副作用:韓国の事例では、急速な引き上げが法令遵守の低下を招いたとの指摘がある。地方では最低賃金が平均賃金の6割を超える地域が生じる可能性もあり、雇用環境の悪化や地域経済への影響が懸念される。
最低賃金1176円は、確かに一つの到達点である。しかしその背景には、物価上昇、人手不足、円安、中小企業の体力といった複数の要因が複雑に絡み合っている。
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