外国為替市場で円安が進むたび、「高市政権は円安を止められない」との見方がメディア上で広がっている。高市早苗政権の発足以来、積極財政と円安が同時に進んでいることも、こうした論調を後押ししている。
しかし、円相場の背後には、政権の政策だけでは直ちに動かしにくい複数の要因が積み重なっている。足元の金利差に加え、日本企業が海外で稼いだ利益が円に戻りにくい一方、エネルギーやデジタルサービスへの支払いを通じて外貨が流出し続ける構造があるためだ。
円安を直接動かしている最大の要因は、日本と米国の金利差である。米国の金利が高く、日本の金利が低いほど、より高い利回りを求める資金が円からドルへと向かいやすくなる。
ただし、日本の金利水準を決めるのは政府ではなく日銀であり、米国の金融政策も日本政府の管轄外にある。為替相場を動かす引き金となる金利差を、政権が直接操作することはできない。
日本は現在も大幅な経常黒字国である。財務省によると、2025年度の経常収支は34兆5218億円の黒字だった。ところが、その内訳を見ると、海外投資から得た利益を示す第一次所得収支は42兆2809億円に上り、経常収支の黒字額を上回っている。
企業が海外で得た利益の相当部分は、現地子会社などに留保され、円に転換されないまま運用される。一方、貿易・サービス収支は2兆5146億円の赤字であり、モノやサービスの取引を通じて外貨が流出している。経常収支が黒字であっても、その黒字がそのまま円買いに結び付くわけではない。
外貨の流出を押し広げているのが、エネルギーとデジタル分野である。日本のエネルギー自給率は2023年度時点で15.3%と、G7で最も低い。石油や天然ガスを海外から輸入するため、継続的にドルを支払う必要がある。
さらに、クラウドサービスや生成AIなど、海外IT企業への支払いによる「デジタル赤字」も拡大している。経済産業省は、デジタル赤字が2030年度に約10兆円と、原油輸入額を上回る規模まで膨らむおそれがあると見込んでいる。
新しいNISA制度を通じた個人の海外資産投資も、外貨建て資産の取得を伴う。企業が海外で稼いだ利益が円に戻りにくい一方、資源やデジタルサービス、海外資産の購入を通じて外貨が流出する構図となっている。
こうした資金の流れを、為替介入だけで反転させることは難しい。通貨当局は2022年と2024年、大規模なドル売り・円買い介入を実施した。いずれも円相場の急落を一時的に和らげたものの、円安基調そのものを転換するには至らなかった。前政権下でも同様の経緯が繰り返されている。
為替介入は、相場の急激な変動を抑える手段としては機能する。しかし、外貨が流出し、海外で得た利益が円に戻らないという資金の流れそのものを変える政策ではない。
高市政権は、こうした構造的な問題への対応として、7月21日に「日本成長戦略」を閣議決定した。AI・半導体、資源・エネルギー安全保障・GXなど17分野を設定し、官民の投資を重点的に投入する方針である。
戦略では、国内における半導体やAI基盤の整備、製造拠点とサプライチェーンの国内回帰を進める。エネルギー分野では、ペロブスカイト太陽電池、次世代型地熱、次世代革新炉、フュージョンエネルギーなどを通じ、海外からのエネルギー輸入を減らすことを柱としている。
いずれも為替相場を直接操作する政策ではない。国内の産業基盤とエネルギー供給力を強化し、外貨が流出する構造を縮小させる中長期的な産業政策である。ただし、政策効果が表れるまでには時間を要する。半導体工場の稼働やエネルギー自給率の向上は、公的支援を決めた時点で直ちに実現しない。
一方、市場では、高市政権の財政運営自体が円安要因になっているとの見方もある。積極財政が長期金利を押し上げ、財政規律への懸念から円が売られているとの指摘である。
長期金利は約30年ぶりの高水準で推移している。株高が続いているため、株式、債券、通貨がそろって売られる「日本売り」とは異なるものの、円安と債券安が併存する状況が続いている。
政府・通貨当局による介入は、急激な円安を抑える手段となる。しかし、外貨が流出し、海外で稼いだ利益が円に戻らない構造が残る限り、円相場の基調はその構造がどこまで変化するかに左右される。
高市政権の成長戦略は、その流れを中長期的に変える試みであるが、実際の効果が表れるまでには一定の時間が必要となる。
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