中国では今、本音も弱音もネットに書けない空気が強まっている。
きっかけは、ネット管理を担う中共中央網信辦が12月26日に出した通知だ。影響力の大きい有名アカウントを対象に、「社会に希望がないと感じさせる言い方」や、「タンピン(躺平、もう頑張れない)」「もうどうでもいいと投げやりになる態度(擺爛)」などの表現まで問題視すると明記した。
さらに通知では「お金がすべてだと強調する発言」や「意味が分かりにくいネット用語」「国の政策を一部だけ切り取って批判する書き方」、さらには不満や告発を集める行為も制限対象に含めている。
当局が求めているのは、前向きで、従順で、感情を揺らさないネット空間である。だが現実は違う。家は高くて買えず、仕事は見つからず、将来の見通しも立たない。若者にとって「タンピン」は怠けではなく、苦しさを笑いに変えて受け流すための言葉だった。
それすら「使うな」とされたことで、SNSには不満が噴き出した。「頑張れと言われても無理。でも無理とも言えない」「本音を言う場所がもうない」
そんな声が相次いでいる。

上のイラストに描かれているのは、怠けている若者ではない。
「夢を追う余力がない」「成功も失敗もどうでもいい」「怒る元気すら残っていない」「とにかく横になっていたい」そうした状態に追い込まれた若者の心境を、極めてシンプルに表している。
将来に希望を持てず、努力が報われる実感もない。抗議する力も、声を上げる気力も尽きた末に残ったのは「何も求めず、ただ休みたい」という感情だけだ。中国の若者にとって「タンピン」は限界まで消耗した結果として生まれた、静かな諦めと自己防衛の姿勢を指す言葉であり、このイラストはその空気感を最も直感的に伝えるものの一つとされている。
こうした「何も求めず、ただ休みたい」という感情は、長く中国のネット空間で共有されてきた。叫ぶ言葉でも、政治的な主張でもない。ただ限界を迎えた心の状態を、絵や短い言葉でそっと示すものだった。しかし当局は近年、この「静かな共感」そのものに強い警戒心を示し始めている。
直接的な批判でなくても、同じ気持ちを抱く人々が増え、感情が連なっていく流れを危険視しているとみられる。こうした警戒の表れが、2025年末に打ち出された「ネット有名人アカウント管理の強化措置」である。
習近平政権がネット統制を強めて以降、ウェイボー(微博)やRED(小紅書)では、影響力のあるアカウントの停止や発言制限が相次いできたが、今回は「タンピン」や無力感をにじませる表現そのものが、規制の対象として明確に示された。
背景には、俳優のアラン・ユー(于朦朧)の死亡をめぐり、多くの人が悲しみや疑問を語り合ったことへの警戒もあるとみられる。当局が恐れているのは、個々の意見そのものよりも、感情が共有され、共感が連なっていく流れだ。
「怠けるな」と言われ、「疲れた」とも言えない。
ネットでは前向きを求められ、現実では希望を失っている。
中国のネット空間は今、禁止されているのは言葉だけでなく、人々の本音そのものになりつつある。

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