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制裁よりも国際決済網「SWIFT」がウクライナ戦争の終局を左右する理由

2025/09/02
更新: 2025/09/02

先日、フランスのマクロン大統領、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長、イギリスのスターマー首相、ドイツのメルツ首相ら欧州の指導者が大統領執務室に集結した。その写真は瞬く間に広まり、トランプ大統領は「レゾリュート・デスク(歴代大統領が使用してきた象徴的な執務机)」の背後に座し、大西洋を越えて訪れた面々に囲まれていた。構図や演出、そしてその姿勢から浮かび上がるのは、見慣れた物語――ワシントンが主導し、欧州が従うという構図だった。

しかし、真の影響力の均衡は写真には映らない。それは、より静かな仕組みの中に潜み、水面下のシステムが交渉を形づくっている。その目に見えない権力構造の中核にあるのが、ベルギーに本部を置く、ほとんど知られていない(金融業界や国際経済に関わる人を除いて)機関であるSWIFT(国際銀行間通信協会)だ。

ウクライナ戦争において、SWIFTは決定的な梃子となった。かつては単なる送金メッセージの基盤と見なされていたが、いまやスクリーニング、凍結、排除を可能にする戦略的な道具へと変貌している。そしてこの戦争で、SWIFTからの排除がもたらした経済的打撃は、戦場での局地的な敗北・後退をも上回るほど深刻だった。

その賭け金を如実に示すのが、ロシア国有の大手銀行である。

金融界以外ではほとんど知られていないが、ロッセルホーズバンクはロシアの農村経済にとって極めて重要な存在だ。肥料の輸出や穀物の輸送を含め、国内アグリビジネス全体の約15%に融資している。ロシア政府は黒海穀物合意の延長交渉のたびに、同銀行のSWIFT復帰を条件として掲げてきた。非軍事的な経済活動を維持するうえで、同銀行へのアクセスがいかに不可欠であるかを物語っている。

しかし、復帰は依然として遮断されたままだ。SWIFTを欠けば、ロッセルホーズバンクは越境決済を安定的に処理できない。ロシア独自の代替ネットワーク「SPFS」には制約が多く、制裁リスクを恐れて利用を避ける動きが広がっている。モスクワに近い国々ですら距離を置き、中国やトルコの金融機関も慎重姿勢を崩していない。米国の財務省外国資産管理室(OFAC)の監視が関与コストを押し上げるからだ。実務的に見れば、SWIFTを失ったロシアの輸出は、不確実性と遅延を伴う迂回ルートに頼らざるを得ない。

トランプ米政権は一定の柔軟性を示してきた。アラスカでのトランプ大統領とプーチン大統領の会談以降、人道問題や資源貿易、さらには停戦ロードマップの進展に応じて、試験的な制裁免除の可能性をほのめかしている。これは単なる譲歩ではなく、制裁緩和を交渉の梃子として戦略的に活用する姿勢の表れである。

一方、欧州の立場は明確に異なる。

年初にパリで開かれた会議で、EU指導者らはあらためて決意を示した。ウクライナ占領地域からのロシア軍の完全撤退がない限り、ロシアのいかなる銀行にもSWIFTへのアクセスは認めない。この方針は交渉上のカードではなく、揺るぎない原則として位置づけられている。欧州委員会も同様に、ロシア撤退を金融的再統合への「交渉不可能な前提条件」と明言している。

この相違は決定的である。米政権が制裁を交渉に用いる柔軟な手段と捉えているのに対し、EUは制裁を揺るぎない原則と位置づけている。そしてSWIFTに関して言えば、最終的な決定権を握るのはEUだ。米国の影響力は無視できないものの、SWIFTはEUの法域下にあり、加盟・再接続・遵守に関する判断はワシントンではなくベルギーを通じて行われる。

この点を見過ごしてはならない。ロシア政府にとってロシア農業銀行は単なる金融機関ではなく、突破口としての意味を持つ。もし人道的理由を根拠に一行でもSWIFT復帰が認められれば、他行にも道が開かれるだろう。ロシアを代表する大手銀行ガスプロムバンクやズベルバンクなどの復帰が前例となり、やがて例外は制裁体制全体の崩壊につながりかねない。

戦略の輪郭はもはや明白である。ロシアは穀物輸出と銀行アクセスを結びつけ、停戦案も輸送ルートと連動させている。金融接続を「人道的要請」として装うことで、モスクワは業務上の利害を交渉の資産へと転化しようとしている。

しかし、この問題をめぐる大西洋を挟んだ隔たりは厳然として存在する。戦争のエスカレーションを避けたいトランプ政権は、譲歩を引き出すための慎重な柔軟性を選好している。一方、ロシア政府のシグナルに懐疑的な欧州諸国は、あくまで厳格な条件主義に固執している。

この違いは単なる言葉の綾では済まされない。EUの制裁は半年ごとに全会一致で更新する必要があり、ウクライナ政策で「異端」とされるハンガリーはいまも拒否権をちらつかせている。もしアメリカが柔軟性を求める圧力を強めれば、EU内部の結束が揺らぎかねない。制裁の一体性は自明ではなく、条件付きであり、永続的ではない――その静かな警告が欧州の首都に響いている。

ここに矛盾の本質がある。米国はNATO軍を指揮し、外交を主導し、ウクライナ支援の大部分を担っている。だがロシアの経済的再統合をめぐる決定権を握るのは、SWIFTへのアクセスを管理する欧州なのである。

これは、いわば「インフラを通じた国家戦略」である。武力ではなく、システムの力による戦いだ。

だからこそ、一見些細に映るロシア農業銀行の扱いが、戦略的な意味を帯びる。制裁政策は維持されるのか、それとも政治的・経済的圧力の下でほころび始めるのか──それを占う試金石となる。同時に、大西洋をまたぐ結束が持続的か、それとも条件付きなのかを測る尺度でもある。そして何より、ヨーロッパの制裁へのコミットメントが、ワシントンの取引志向と両立し得るのかという根本的な課題を突きつけている。

見出しを飾るのは、トランプと欧州指導者が並んだ写真かもしれない。だが、戦争終結のシナリオを形作る決定は、何千キロも離れたブリュッセルの会議室で下されている可能性がある。

その静かな相違の底には、より深い対立が潜んでいる。時間軸、条件、そして手段をめぐる争いだ。

そして最終的には、それは「誰が主導権を握るのか」という争いへと収斂する。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。