そもそも適格性評価とは?
2月27日、政府は、重要経済安保情報保護・活用法案を国会に提出した。この法案は経済安全保障上の秘密情報へのアクセス権限を明確に規定するセキュリティー・クリアランス制度を創設するものである。
セキュリティー・クリアランスは、政府が秘密情報にアクセスする権限を付与するに当たって、その人物が適格かどうか、評価するという意味で適格性評価と訳されている。実は2014年に施行された特定秘密保護法で軍事分野などに限られて既に規定されているが、IT技術の発達に伴い安全保障上、秘匿すべき情報は幅広く経済分野にまで及んでいる。
従って、経済安全保障上秘匿すべき情報、例えば先端技術や重要インフラなどの重要情報を「重要経済安保情報」に指定し、この情報にアクセスすることが必要な人たちにアクセス権限を付与するのである。
米国を始め諸外国で既に、この制度は確立しており、先進国の中で確立していないのは、日本だけと言ってもいい。セキュリティー・クリアランスがないと、諸外国の研究機関や企業などとの共同開発にも参加できないというデメリットが生じ、技術開発競争において諸外国に後れを取ることになる。
従って単に安全保障だけでなく、経済競争においても、この制度は必要なのである。
スパイ工作を防げるか?
適格性の評価とは、その人物が情報を漏洩する可能性の有無を判断する訳だから、要するに、その人物がスパイであるか、若しくはスパイに利用される可能性があるかどうかを判定する必要がある。
だがスパイ防止法のない日本では、この判定を下すのは容易ではない。というのもスパイ防止法が整備されている諸外国では、スパイであるか否かを捜査する防諜機関が機能しているからだ。
防諜機関は、その人物の身辺調査、尾行、通信傍受、おとり捜査、などの権限を有しており、それは国内に限らない。その人物の家系、親戚関係、学生時代から現在に至るまでの交友関係、外国への渡航歴まで詳細に調べ上げ、ときにはスパイを装った捜査官が、接触を試みる。
こうした防諜機関が機能している諸外国に比して日本にはスパイ防止法がないため、防諜機関が存在しない。従ってセキュリティー・クリアランスに当たっても、その可否を調べる専門部署をこれから立ち上げなくてはならない。
ちなみに今回の法案では、本人の同意を前提に犯罪歴や配偶者の国籍などの身辺調査を実施するとなっており、尾行、おとり捜査、通信傍受などは到底不可能だ。要するに実効性のあるセキュリティー・クリアランスは、事実上出来ないと言う事であろう。
ハニートラップの危険性
2月21日、警視庁公安部は中国人女性(44歳)を詐欺容疑で書類送検した。昨年5月に彼女の関係先である秋葉原のビルを家宅捜査していた。そこで押収した証拠から、書類送検となったわけだが、問題なのは、そのビルが、中国の秘密警察の拠点と見なされていたからである。
2022年9月にスペインの非政府組織セーフガード・ディフェンダーズが「中国が世界54カ所に海外警察サービスセンターと称する秘密警察の拠点を置いている」との報告書を公表して各国で大問題になった。
2023年4月には米司法省がニューヨークの拠点を摘発し二人を逮捕した。日本にも拠点があると報じられたが、実はこの秋葉原のビルはその拠点と報じられた、いわく付きの場所なのである。
2月に書類送検された44歳の中国人女性は詐欺容疑だが、通常詐欺容疑は、警視庁刑事部が担当する筈なのに、公安部が担当しているところに、事件の本質がよく表れている。つまりスパイ防止法のない日本では、詐欺容疑で書類送検するのがやっとなのだ。
しかも事件は、ここに留まらない。この女性は過去に自民党の松下新平参議院議員の「外交顧問兼外交秘書」という名刺を持ち歩き、参議院会館の通行証を付与されていた。つまり事実上、議員秘書としての活動が許されていたのだ。
松下議員は1966年生まれで宮崎県選出、安倍政権において国土交通大臣政務官、総務副大臣、自民党外交部長などを歴任した自民党若手ホープといえる政治家である。その松下氏の秘書だった女性が中国の秘密警察と関係していたとなれば、松下氏自身が、中国の情報工作の対象であった可能性が浮上する。
デイリー新潮(22年11月17日号)によれば、松下氏が当時、彼女との関係が原因で妻と離婚調停の渦中にあり、妻の母親が取材に対し、「娘は、得体の知れない中国人の女性が政治家である松下の近くにいることについて再三再四、注意していた。でも、彼は全くその言葉を聞き入れず、いつも中国人女性の言うがまま」と嘆いていたという。
これが事実だとすれば、松下氏は、ハニートラップに引っ掛かっていた可能性すら否定できない。だがスパイ防止法のない日本では、松下議員に事情聴取すらできないのである。
このままではザル法
では、今般、国会に提出された法案が可決、成立しセキュリティー・クリアランス制度が確立されれば、こうした問題は解消するのだろうか?
法案の内容を見る限り、問題の解消は絶望的と言わざるを得ない。
まず第1に、セキュリティー・クリアランスの調査項目にハニートラップは入っていない。これは特定秘密保護法の前例を踏襲したのだが、要するにスパイ防止法がなく防諜機関が存在しない日本では、調査が困難なのだ。だが、これではハニートラップに許可証を与えているも同然だ。
第2の問題は、政府3役すなわち大臣、副大臣、政務官はセキュリティー・クリアランスなしに重要情報にアクセスできる点だ。
松下議員は過去に政務官、副大臣を歴任していた。特に2015年10月、安倍内閣において総務副大臣として情報通信を担当し、兼ねて内閣府副大臣としてマイナンバー制度を担当した。いずれも重要情報にアクセスする職務だが、法案が成立しても、こうした人物がセキュリティー・クリアランスなしに情報にアクセスできるのである。
政府3役が対象外になっているのも、特定秘密保護法の前例に倣ったものなのだが、ザル法のそしりは免れまい。
本法案の厳正な審議を国会に望む次第である。
(了)
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