【寄稿】NATO首脳会議は成功だったのか?

2023/07/26
更新: 2023/12/02

岸田総理をベタ褒めしたバイデン大統領

12日、NATO首脳会議の開かれたリトアニアで、米国のバイデン大統領が岸田総理を公式の場でベタ褒めして話題になった。舞台でバイデン大統領が突然「話すつもりではなかったが言わせてほしい」と言い出し、岸田総理を指して「この男が立ち上がりウクライナを支援すると思った人は欧州や北米ではほとんどいなかった」と述べた。

NATO首脳会議を補完する形で開かれたG7首脳会議で共同宣言を発表した記者会見場での出来事だ。日本は今年G7会合の議長国であり、岸田総理はこの会議で議長を務めた。共同宣言ではウクライナへの支援を謳っているから、バイデン大統領は共同宣言を取りまとめた岸田総理に、「ご苦労様」とねぎらいの気持ちを表明したものと解釈できよう。

だが切り出しの言葉には明らかに棘(とげ)があるだろう。岸田総理が「立ち上がりウクライナを支援すると」自分を含めて誰も期待していなかったのに、彼は予想外に健闘してG7議長としてウクライナへの支援を見事取りまとめた、と褒めているのである。

だが、そもそもバイデン大統領は岸田総理がウクライナ支援に立ち上がるとは思っていなかったのは、何故なのか?

それは、日本には防衛装備品移転3原則によって、ウクライナに殺傷兵器の輸出ができないという制約が課せられているからに他なるまい。米国は殺傷兵器をウクライナに大量に供与し続けている。もし米国が武器供与をやめれば、その瞬間にウクライナの敗北が確定する。

つまりウクライナを支えているのは、米国の武器供与であり、「殺傷兵器の供与はしません」などという日本の平和主義は偽善でしかない。また武器供与はしない代わりに経済支援は十分しているのかと言えば、これが左にあらず。

ドイツのキール世界経済研究所によると昨年1月から約1年間のG7のウクライナ支援額を比較すると1位の米国は約732億ユーロ、2位の英国は約83億ユーロ、3位のドイツは約62億ユーロ、日本は6位で10億5千万ユーロに過ぎない。

バイデン大統領が岸田総理に期待しなかったのもいわば当然だったのである。では、そのバイデン大統領が何故、突然岸田総理に期待するようになったのか?実はこれこそは、今回のNATO首脳会議の本質に関わる問題なのである。

CIA長官の極秘訪問

6月30日のワシントン・ポストは、6月にCIAのバーンズ長官がウクライナを極秘訪問し、政権幹部と停戦交渉について会談したと伝えた。それによるとウクライナはクリミア半島の境界線まで、領土を奪還し年末までにロシアと停戦交渉に入る計画だという。7月9日のCNNでゼレンスキー大統領は自ら、この会談に立ち会ったことを認めた。

だがウクライナのこの計画には、どう見ても無理がある。ウクライナは反転攻勢には、F-16戦闘機が必要だと言って、5月の広島サミットで米国の譲歩を勝ち取ったが、そのF-16が実戦配備されるのは年明けになるのは確実だ。

このNATO首脳会議の直前、米国はクラスター爆弾をウクライナに供与すると発表したが、理由は反転攻勢のためではなく、ウクライナの砲弾不足を補うためである。米国はウクライナに砲弾も供与してきたが、その米国の在庫も底を突いているのだ。

そこで窮余の一策として、クラスター爆弾を供与すると言う。従ってバイデン大統領は、「これは一時的な供与である」と明言しており、領土奪還の切り札にはなりえない。つまりウクライナ側の言う、クリミア半島の境界線まで奪還して年末までにロシアと停戦交渉に入る計画は誰が見たって実行不可能なのだ。

では、ウクライナは何故、不可能な計画を米国に伝えたのか?それはバーンズCIA長官がウクライナにロシアと停戦交渉に入るよう、勧告したからとしか考えられない。つまり米国はウクライナの際限のない要求に対して、どこまで要求を拡大させるのか、疑念を抱き、ロシアと停戦交渉に入るよう勧告したのだろう。

実は今般、ウクライナは米国にクラスター爆弾以外に、もう一つの兵器の供与を求めていた。長距離ミサイルのATACMS(エイタクムス)である。

見送られたATACMS

7月4日にゼレンスキーは「ザポリージャ原発にロシアが爆発物を設置した」と言い、ロシアが原発を核兵器として使用しようとしているとして、ロシアを非難した。対するロシアのメドベージェフ前大統領・安保会議副議長は「爆発物はウクライナが設置したのだ。そして長距離ミサイルでそれを攻撃して核事故を惹き起こす計画だ。我々は核兵器を含むあらゆる手段で対応する」と述べた。

ザポリージャ原発は現在、ロシアが占拠しているから、ウクライナがここに爆発物を設置したとは考えられない。メドベージェフ氏の言わんとするところは、米国がウクライナに長距離ミサイルを供与すれば、それは核ミサイルと同様の効果を持つのだからロシアは核兵器で対応すると言う事なのだ。つまり米国がウクライナにATACMSを供与すればロシアは核兵器で反撃すると言う、事実上の核の恫喝である。

米国は、この核の恫喝に屈服した。ウクライナへのATACMS供与は見送られたのである。

(つづく)

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。