習近平政権が進める「宗教の中国化」 モスク改築めぐりイスラム教徒が猛反発=中国・雲南

2023/05/31
更新: 2024/04/22

今月27日、雲南省玉渓市通海県納家営にあるイスラム教の礼拝施設である「通海納家営 清真寺」の改築をめぐり、これに反対する地元のイスラム教徒が警官隊と激しく衝突する非常事態になった。米政府系放送局のラジオ・フリー・アジア(RFA)などが報じた。

歴史ある宗教を抹殺する、中共の蛮行

清真寺(チンヂェンスー)とは、イスラム教の寺院であるモスクを中国語表記したものである。しかし、そこに集う人々の信仰の強さや純粋さにおいては、中国国内のムスリムも世界の他国のイスラム教徒に引けを取るものではない。

中国は、歴史的にみても、イスラム教徒と漢人が衝突することなく、適度な距離感と調和を保ちながら共存してきた時間が長い。しかし、それは20世紀前半までの、中共以前の中国史に限定される。

そうした歴史のなかで、イスラムの宗教施設も各所に設けられた。その場所は、西域へのびるシルクロードを通商路としていた唐代の長安であったり、アラブ商人が海路で盛んに交易に来ていた宋代から明代にかけての沿海の都市であったり、あるいは清代の北京でもあった。ただ、その他にも、荒々しい中国史のなかでイスラム教徒が堅固な「砦」を築いてきた特異な土地がある。雲南省である。

海から遠く離れた内陸部である雲南省に、なぜイスラムの信徒が孤高の松のように存在するかについては、中国にモンゴル人の王朝である元(1271~1368)が開かれた13世紀まで、さかのぼらなければならない。

チンギス・ハーンの孫にあたるクビライが、兄のモンケ・ハーンの命を受け、雲南の大理国を攻略するため自ら大軍を率いて南下し、ついに大理国を降伏させる(1253)。

この遠征軍のなかに、イスラム教を信仰する回族(かいぞく)の兵士が多くいた。彼らは、戦いが終わった後も雲南に残り、そのまま定着した。

さらに、クビライが開いた元朝のもとで、色目人(しきもくじん)の官僚であるサイイド・アジャッルが、地方長官として雲南に赴任し約15年間統治した。

サイイド・アジャッルの功績は高く、民衆にも敬愛されたため、雲南のイスラム教は、中国の他の地域と比べても比較的明瞭なかたちで後世に存続することになる。

つまり、今日の雲南省のイスラム教徒は、800年ちかい風雪に鍛えられた民族の誇りとアイデンティティを有することになる。

それに比べれば、たかが74年の中共政権とは歴史の重みが圧倒的に異なるのだが、北京の中南海は、そのことに全く無自覚であるらしい。

今回の事件の場である「通海納家営 清真寺」も、モスクとして600年以上の歴史をもつ。

納家営の住民は約1万人で、ほとんどが少数民族の回族でありイスラム教を信仰しているが、それに加えて、自らの祖先が勇猛果敢なモンゴル軍の一翼であったという彼らの誇りは、今も消えてはいない。

新疆では、同じイスラム教徒であるウイグル人を強制収容し、彼らのモスクを破壊することで「思想改造できる」と中共は考えているのだろう。しかし、その報いは、いずれ中共自身が受けることになる。今回の雲南省の一件も、そうした中共の傲慢さが招いた暴挙に他ならない。

「モスクを改築する」に地元は猛反発

大紀元の取材に対し、地元住民は「当局は現在のモスクの外観を、中国式の仏教寺院のようにしようとしている。つまり一部を取り壊して、改築するというのだ。しかし、それは最悪だ。地元民は、決して許さない」と明かした。

「通海納家営 清真寺」において、地方当局は数千人とも言われる警官隊を出動させてモスクを包囲。民衆の立ち入りを禁止して、モスクの改築を強行しようとした。

これが、敬虔なイスラム教徒である地元民の猛反発を招くことになる。閉ざした貝のように防護盾を並べていた警官隊は、ついに抗議する民衆の強制排除に乗り出した。

RFAによると、今回のモスク改築の理由は「習近平氏の宗教思想の全面的貫徹」だという。

これはまさしく、21世紀に出現した「文化大革命」である。あの文革の悲劇から50年たっても、中共はやはり中共であることに変わりなかった、というしかない。

双方の対峙は、ついに衝突に至った。デモ隊の一部は、警官隊にモノを投げたり、礼拝所の外壁に建てられた足場を倒すなどして反撃に出る。事態は、警官隊や建築要員の一時撤退(クレーン車などの重機はモスク内に置いたまま)により、いったんは収まったようだが、負傷者や逮捕者も出ている模様。

27日夜や28日昼も、当局の工事強行を阻止するため、地元民が常に見張りをしている様子を示す動画もある。

いっぽう地元公安は翌日(28日)になって、デモ参加者は「6月6日までに出頭するよう」促すとともに、デモ参加者の告発(密告をふくむ)を呼びかけた。

また28日には、武装警察の護衛のもとで、モスクを改築する建設業者が続々とモスクに入っていく姿を捉えた動画も流出している。

懸念される「沙甸事件」の再来

現在、当局は情報を封鎖しており、同事件の関連情報をネットに投稿すれば、公安当局から脅迫の電話がかかってくるという。

地元の市民は「モスク内には、すでに当局が設置した監視カメラが溢れている。また、モスクで礼拝する回族(地元民)のなかに私服警官を潜り込ませて、情報収集を行っている」と明かした。

さらに当局は、すでに「信号遮断車」を出動させているという。これによって現地では、インターネットが突然中断される可能性とともに、情報発信の遮断に呼応する「抗議民の集団逮捕」のリスクも高まっているとみられる。

今回の大規模衝突で、さらに事態がエスカレートした場合、48年前の「沙甸(さでん)事件」の再来を懸念する声も広がっている。

沙甸事件とは、文化大革命の末期である1975年7月に、雲南省で起きた衝突事件である。

事件の発端は、今回と同じくイスラム教のモスクである「清真寺」に起因する。当時、モスクを閉鎖しようとする当局に対して、イスラム教徒の民衆が抗議したため、最終的に軍が武力で鎮圧した。この事件で、1600人余の回族民が死亡したとされる。

 

習近平政権が進める「宗教の中国化」とは

近年、中国の習近平体制は、社会の安定を維持するための「言論統制の強化」とともに、2015年から「宗教の中国化」という政策を打ち出している。

無神論をうたう中国共産党が推進する「宗教の中国化」とは、端的に言えば「宗教と中国の社会主義思想を融合させる」ことである。

そこで、実際にやっていることは何かというと、宗教を信仰する者に対し(宗教施設での)国旗掲揚の強制。僧侶などの専業宗教家に、中国共産党への忠誠を誓わせる。キリスト教の教会には、十字架を下ろさせる。もしくは教会を閉鎖する。聖書を燃やす、などである。

それらが一体、何を意味するか、もはや説明の必要はない。人類の精神文化である宗教を踏みにじり、完全に破壊することに他ならないからだ。

イスラム教を信仰するウイグル人が半数以上を占める新疆の西部地域では、すでに100万人を超えるウイグル人が、何の罪もなく投獄されたと伝えられている。

なお、補足するが、中国共産党は、それぞれ独自の宗教や文化をもち、数百万以上の人口を擁するウイグル人、チベット人、モンゴル人などまで「少数民族」と呼んでいる。

したがって、そのように漢族以外を全て「少数民族」と印象づける中共の政治的意図には(それを無批判に引用する日本の大手メディアもふくめて)十分な注意を要するだろう。

新疆のウイグル人だけでなく、中国のイスラム教徒の半数以上を占める回族に対する取り締まりも、近年、強まっており、日々の礼拝の呼びかけを禁じたり、彼らの静かな祈りの場を強制的に取り壊してきた。 

中国共産党政権は、党の方針に合致する宗教活動については、あえて目立つように支援しているが、敏感な政治的問題に関しては一切の沈黙を強要している。北京の人民大会堂で毎年3月に行われる「全人代(全国人民代表大会)」では、華やかな民族衣装の人民代表がテレビ映りよく席に並ぶが、それも一種の「見せ物」である。

中共のいう「宗教の中国化」とは、究極的には、民族浄化に直結する暴挙であるといってよい。

歴史を知る我われは、20世紀におけるナチス・ドイツのホロコーストに、その恐るべき前例を見ることができる。

李凌
鳥飼聡
二松学舎大院博士課程修了(文学修士)。高校教師などを経て、エポックタイムズ入社。中国の文化、歴史、社会関係の記事を中心に執筆・編集しています。
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