中国ポータルサイト大手「網易」(ネットイーズ)が2月20日付で掲載した、画像つきのある文章が話題になっている。そうした風潮の根底には、それが可能な条件をもつ「特別な家庭」に対する一般庶民からの羨望や嫉妬の気持ちが隠せないようだ。
赤ちゃんの前に置かれた「三種のパスポート」
「パパとママがあなたに贈る最初の2つのプレゼント」と題されたこの文章には、ある海外華人によるSNS投稿と思われる乳児の画像が添えられていた。
ただし、この画像の赤ちゃんが、文章の投稿主の子供であるかどうかは分からない。また、画像の子の親と投稿主が同じ人物であるか否かも実際のところ確認はとれないのだが、この記事に寄せられた中国のネット民の反応には、ある種の「正直な心情」が垣間見えるようだ。
ともかく、つけられた説明文によると、赤ちゃんへの1つ目のプレゼントはパスポート、つまり「国籍は自分で選べるよ」ということらしい。
赤ちゃんの前に置かれた三種のパスポートはカナダ、中国、米国のものである。さて、まだ立つこともできないこの子は、どのパスポートを選ぶのか。
つけられたコメントは「これさえあれば、どこにでも行ける。パパやママと同じように、あなたは世界の公民になれるのだから」である。
自由主義国への憧れは最大級
現実のことを述べているのか、親の夢物語であるかはさておき、三種のパスポートのうち、まっ先に「除外」されるのは中央の赤いパスポートであろう。
それは「中華人民共和国」の護照(パスポート)である。ネットを見ている中国人ユーザーも、この夢物語につきあいながら、同じことを想像しているはずだ。中国人にとって、自由主義国への憧れは過去最高になっているといってもよい。
2つ目のプレゼントは「家族からの揺るぎない愛情」だという。
その説明文によると、この赤ちゃんは上海生まれの女の子で、しかも一人っ子。周囲の大人6~7人が、片時も離さず「寵愛」しているらしい。「安心してね。ママはそれを体験して知っているわ。世の中は、幸福だっていうことを」というコメントが締めくくりである。
以上が、この「夢物語」の概要である。この続きは、ネットユーザーの想像力の世界で展開される。
この投稿を見たネットユーザーは、相次ぎ羨望と嫉妬の混じったコメントを寄せた。「なんて素晴らしい両親なんだ」「私も人生をやり直したい」「人生のスタートラインで勝つとはこういうことか」などである。
ツイッターにも同様の投稿あり
我が子へのプレゼントが「中国ではない、外国のパスポート」とする投稿はツイッターでも見かけた。
印象的だった別の投稿には、以下の通りの説明があった。ただし、なぜか使用された画像は、先述のネットイーズ掲載記事の赤ちゃんと同じのものだった。画像に付けられた説明を日本語に訳すと、以下の通りである。
「息子が生まれた時、親の私には力がなかったので、何もしてあげられなかった。しかし、息子が大学を卒業する時に日本へ留学する機会を与えられた。移民するなら協力するとも約束した。娘が生まれた時、彼女に米国のパスポートをプレゼントした。貧しい家の出身である私にとって、やれることは全部やった。満足だ」
中国語によるこの投稿には多くの「いいね!」とコメントが寄せられていた。ところが、時間をおいて再度見た時には、なぜか削除されていた。
「中国から抜け出したい」
投稿されたこれらの画像や文字から、ひしひしと、リアルに伝わってくる心情は何か。それは多くの中国人が今もっている「中国から抜け出したい」という切実な願望ではないだろうか。
中国当局からすれば、この類の投稿は、無理やりにでも作り上げようとしている「世界一安全な国」「強国」「中国の夢」という中国の好ましいイメージに対して、好ましくない影響をもたらすものと映るはずだ。
投稿者がなぜ自身のツイートを削除したのかは分からないが「何かの圧力が、かけられたのか?」という想像は禁じ得ない。
いずれにしてもこれらの投稿は、現代中国の実状をよく反映しているものと言えるだろう。生まれてくる子供、あるいは愛するわが子に与える親からのプレゼントは、以前では「特権的地位」や「お金」などとされてきたが、今はずいぶん事情が変わったようだ。
中共に「あばら骨」を掴まれる恐怖
昨今の中国に、特殊な意味で使われる「軟肋(あばら骨)」という流行語がある。
肋骨(あばら骨)は骨折しやすい部位であるため「人間の弱み」という俗語になり、さらには「海外にいる中国人にとって国内の親や家族は軟肋、つまり人質(ひとじち)である」という物騒な言い回しにも使われるのだ。
中国共産党統治下の中国では、日本では想像もつかないほどの個人情報を当局が握っている。そのため、たとえ海外に出ても、中国の民主や人権を主張する中国人にとっては、国内に残留する親族が「軟肋」になる場合が多い。つまり、中共に弱みを握られた状態になるのだ。
まして中国国内の中国人は、始終、中国共産党の監視のもと、恐怖のなかで生きることになる。中共に「あばら骨」を掴まれては、たまったものではない。
儒教の国で「子を持たない」という選択
上海のロックダウンの際に流行語になった「我々は最後の世代だ」は、子供を持たないことを選択した我われに「軟肋(弱み)はないぞ」という決意の表明でもある。
それを裏付けるように、ネット上には「中国の若い世代は結婚しないし、子供も持たない。軟肋をあえて作りたくないから」という言葉が並ぶ。中国の伝統的な家族観からすれば、あえて「子供を持たない」という選択肢は一種の破戒でもある。
また「なぜ子供を産むの? こんな国に産み落とすなんて、生まれてくる子によっぽどの恨みがなければ出来ないことだ」という、やや過激なコメントを見かけたことがある。そこまで明確に言い切るには「こんな国」に対する切実な心情があるに違いない。
求めるのは「豊かさ」ではなく「安全な場所」
過去3年間におよぶ、非情なゼロコロナ政策。そして近年行われた各業界への締め付けに、それ以前に「共同富裕政策」などの小康を経験した中国人のなかには、失望のあまり「この国にはうんざりだ」と考える人も少なくない。もう自国を信用する中国人は(中共党員であっても)いないのである。
昨年、海外へ移住した中国人富裕層(資産が100万ドルを上回る層)は約1万800人だったというデータがある。これは2019年以来の多さで、世界ではロシアに次ぐ2位になった。投資移住コンサルティング会社ヘンリー&パートナーズのデータ情報パートナーであるニュー・ワールド・ウェルスが出したデータである。
中国人の海外移住への願望は昔からのことだが、以前は、主として「豊かで、より良い生活を実現する」ことを夢見て、出国する人が多かった。
ところが今は、事情もすっかり変わった。ただ単に「この恐ろしい国から逃げ出したい」という、身に迫る危機感で頭がいっぱいの中国人が少なくないのである。
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