[トビリシ 5日 ロイター] – 戦火の影響で欧州経済が苦境に陥る一方で、ロシアの南西に国境を接する小国が、予想外の好景気に沸いている。ジョージアだ。
ジョージアは今年、世界で最も成長率の高い国の1つになろうとしている。ロシアによるウクライナ侵攻、さらには戦力補充のためプーチン大統領が発した部分動員令から逃れるため、10万人以上のロシア人が一気に流入したためだ。
世界の大半の国が危うい足取りでリセッションに向かう中で、複数の国際機関は、黒海に面した人口370万人のジョージアが、消費主導の好景気のもと、2022年に10%という非常に大きな経済成長を記録すると予想している。
ジョージアの経済規模は190億ドル(約2兆7900億円)と決して大きくはない。山岳や森林が広がり、ワイン生産が盛んな渓谷で知られる国だが、予想が正しければ、経済が過熱気味のベトナムなど新興市場国や、原油価格の高騰による恩恵を受けるクウェートなど石油輸出国よりも高いペースで成長することになる。
ジョージア最大手の銀行TBCのバクタング・ブツクリキゼ最高経営責任者(CEO)は「経済面では、ジョージアは非常に好調だ」と語る。
「ある種の好景気だ」とブツクリキゼCEOは言う。「企業規模の大小を問わず、あらゆる産業が非常に好調だ。今年何らかの問題が生じている業界は特に思いつかない」
出入国管理統計を見ると、今年ジョージアに入国したロシア人は少なくとも11万2000人。ジョージア政府によれば、最初に4万3000人の第1波が到着したのは、ロシアによるウクライナ侵攻後、プーチン大統領が国内の反戦運動を弾圧した後のことだ。第2波は、9月末のプーチン氏による全国規模の部分動員令発表がきっかけだった。
どの程度の期間続くのかはともかく、ジョージアの好景気は多くの専門家を当惑させた。旧ソ連圏であるジョージアの経済は、隣接する大国ロシアと輸出や観光業などで緊密に結びついており、今回の戦争により手痛い打撃を受けると見ていたからだ。
たとえば欧州復興開発銀行(EBRD)は3月、ウクライナでの紛争がジョージア経済に大きな打撃を与えると予想した。同じく世界銀行も4月、2022年のジョージアの成長率見通しを当初の5.5%から引き下げ、2.5%になると予想した。
「私たちが皆、ウクライナでの戦争がジョージア経済に大きな悪影響を与えると予想していたのに反して、これまでのところ、そうしたリスクが具体化する様子はない」と語るのは、EBRDで東欧・コーカサス地域担当主席エコノミストを務めるディミタル・ボゴフ氏だ。
「それどころか、今年のジョージア経済は非常に順調な2桁成長を見せている」
とはいえ、目覚ましい経済成長の恩恵を、あらゆる人が享受しているわけではない。万単位で流入したロシア人の多くが高所得のテクノロジー専門家だったため、物価が上昇。ジョージア国民の中には、賃貸住宅市場や教育など、経済の一部から締め出されてしまう人も出ている。
さらに企業経営者は、戦争が終わってロシア人が自国に戻れば、ジョージア経済がハードランディングに見舞われるのではないかと懸念している。
<流入資金は10億ドル>
ジョージア自身も2008年、南オセチア地方、アブハジア地方を巡りロシアと短期間だが戦っている。いずれも、ロシアの支援を受けた分離独立主義者が実権を握った地域だ。
だが今のところ、超大国ロシアと国境を接し、ロシアやその他多くの外国の出身者に対してビザ無しで居住・就労・企業設立を認める寛容な移民政策をとっていることが、ジョージア経済に恩恵をもたらしている。
それだけでなく、ロシアによる戦争から逃れてきた人々は豊富な資金を携えている。
ジョージア中央銀行によれば、4―9月にロシア人が銀行や海外送金サービスを経由してジョージアに移した資金は10億ドル超と、前年同期の5倍に上る。
こうした資金流入により、ジョージアの通貨ラリは3年ぶりの高値圏に上昇した。
TBCのブツクリキゼCEOやジョージア国内の報道によれば、入国したロシア人の約半分はテクノロジー関係者だ。一方ロシア側のテクノロジー産業における調査や推測では、ウクライナ侵攻開始後、柔軟な働き方が可能なIT労働者が万単位で国外流出したことが分かっており、双方の数字はつじつまが合っている。
トビリシ国立大学国際経済大学院(ISET)のダビット・ケシェラバ上級研究員は「トップクラスの裕福な人々が、何らかの事業のアイデアを携えてジョージアにやってきて、消費を劇的に増やしている」と分析する。
「戦争はネガティブな影響を数多くもたらすと予想していた」とケシェラバ氏は言う。「だが、まったく違う結果が出た。影響はポジティブだった」
<首都では賃貸物件不足に>
新たな人口流入の影響がどこよりも顕著に表れているのが、首都トビリシの賃貸住宅市場だ。需要の増大により、需給が一段と逼迫(ひっぱく)している。
TBCの分析によれば、トビリシにおける賃料は今年75%上昇した。低所得層や学生の一部は、支援活動家の言う「深刻化する住宅危機」に飲み込まれてしまった。
ジョージア人のナナ・ショニアさん(19)は、ロシアによる侵攻が始まるほんの数週間前に、トビリシ中心部の集合住宅で2年間の賃貸契約を結んだ。賃料は月150ドルだった。ところが7月になって家主から退去を求められ、中心部から離れた治安の悪い地区に引っ越さざるを得なくなった。
「以前、通勤時間は10分だった。今は最低でも40分はかかる。バスと地下鉄に乗らざるを得ず、渋滞に引っかかる場合も多い」とショニアさんは言う。原因は、新規流入による人口急増に応じて市場構造が変わったせいだという。
インドから留学している医学生のヘレン・ジョゼさん(21)は、夏季休暇中に家賃が2倍に上がってしまったため、1カ月にわたり友人の家に転がり込んでいる。
「以前ならアパートを探すのはとても簡単だった。だが、友人の多くは退去を言い渡された。ロシアから来た人たちは、私たちよりも高い家賃を喜んで払うから」とジョゼさんは言う。
ISETのケシェラバ氏によれば、市内で住居を確保する余裕がないためにトビリシでの学業に遅れが出ている学生がかなりの数に達していることが、大学側のデータからも分かるという。
<「危機が遅れて来る可能性も」>
TBCのブツクリキゼCEOは、ロシアからの新たな人材流入により、ジョージア経済においてスキルギャップが埋まる可能性があると考えている。
「彼らはとても若く、テクノロジーの素養と知識がある。TBCや他のジョージア企業にとって、これは非常に有益なチャンスになる」とブツクリキゼCEOは言う。
「ジョージア企業にとって重要な課題はテクノロジーだ。残念ながら、その分野での競争相手は欧米のハイテク企業だ」と同CEOは言葉を続ける。「手っ取り早く勝つには、ロシアからの移民は非常に助けになる」
だが、エコノミストや企業関係者は依然として、戦争による長期的な悪影響やロシア人が帰国した場合に生じかねない事態を憂慮している。
ジョージア有数の不動産デベロッパーであるアルキのシオ・ケツリアニCEOは「新たに流入した人々に関して将来的なプランができていない」と語る。
ケツリアニCEOによれば、賃料が上昇しているとはいえ、建築資材や備品の価格が高騰していることもあって、デベロッパーは住宅市場への過剰な投資を控えているという。賃料高騰で家主が潤っている一方、集合住宅の物件売買による利ざやはほとんど変わっていないと同氏は語る。
エコノミストらはさらに、好景気は長続きしない可能性があると警告。余裕がある間に、政府は潤沢な税収を使って債務を返済し、外貨準備を積み立てておくことが望ましいとしている。
「今年の成長を後押ししている要因はすべて一時的なものであり、今後何年も持続可能な成長が保証されているわけではないことを認識すべきだ。だからこそ、警戒が必要になる」とEBRDのボゴフ氏は言う。
「不確実性は残っており、多少の遅れはあっても、ウクライナ侵攻による悪影響をジョージアが受ける可能性はある」
(Jake Cordell記者 翻訳:エァクレーレン)
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