[香港 9日 ロイター] – 今年前半、上海では新型コロナウイルス感染症対策として厳格なロックダウンが実施された。その間、中国当局による尋常ではない強権統治を目の当たりにして、クレア・ジアンさん(30)の人生設計は変わった。彼女はもう、中国で子どもを産みたいとは思っていない。
4月から5月にかけてのロックダウンの時期、「我々が最後の世代」という意味のハッシュタグが中国のソーシャルメディア上で短期間のうちに急速に拡散し、その後検閲の対象となった。
このハッシュタグの元になったのは、防護服に身を包んで自宅を訪れ、コロナ対策のルール違反で3世代に渡って罰則を適用すると警告した当局者に対して、ある男性が投げつけた言葉だった。
「(あのハッシュタグは)本当に心に響いた」とジアンさんは言う。この男性の言葉が、子どもを産むかどうかという問題に対する自分自身の答えのように思えたのだ。
「いきなり政府が家に来て好き放題やるような国に住むという不安定な人生を子どもに背負わせたくない」とメディア産業で働くジアンさんは言う。
歴史的にみても、疫病と経済不安は世界中で出生率を低下させてきた。
だが特に中国では、人々の生活を厳しく制限して感染拡大を直ちに封じ込めるという妥協なき「ゼロコロナ政策」が、子どもを持ちたいという人々の希望に深刻なダメージを与えた可能性があると、複数の人口学者が指摘している。
収入が途絶えたり、医療を受けたり食料を入手することができなかったという体験談や、当局が強制的に住居に立ち入って高齢者や子どもを含む家族を強制的に隔離センターに連行した、といった証言は、上海やその他の地域でのロックダウンの際に数多く見られた。
人口学者らは、こうした出来事によって人々は人生に無力感を感じるようになり、親になるという目標に重大な影響が出ていると指摘する。
著名な人口学者である易富賢氏は「中国は明らかに、『大きな政府、小さな家族』という社会だ。この国のゼロコロナ政策は、経済ゼロ、結婚ゼロ、出産ゼロにつながっている」と指摘する。
中国の国家衛生健康委員会と家族計画委員会にコメントを求めたが、今のところ回答は得られていない。
中国当局は、ゼロコロナ政策は生命を救うために必要だと強調。パンデミックが始まって以来、世界全体で数百万人もの死者が出ているにもかかわらず、中国でこれまで公式に報告された死者が5226人にとどまっていると指摘している。
<不吉な兆候>
国連が7月に発表した報告書では、14億人を数える中国の総人口は早ければ来年にも減少に転じる可能性があり、中国に代わってインドが世界で最も人口の多い国になると予測している。
国連の専門家らは今回の報告で、中国の人口は2050年までに1億900万人減少すると見ている。これは前回2019年時点での予測に比べて3倍以上の減少幅だ。
中国に関する国連の別の報告書によれば、パンデミックは第1子の出産傾向に長期的な影響を与えている。女性たちは出産をためらう理由として、経済的な不安や新型コロナウイルスワクチンの胎児への影響に関する実証されていない懸念のほか、厳しい行動制限のもとで妊娠期を過ごし、乳幼児を育てることの困難さを挙げているという。
「来年子どもを持とうと考えていた夫婦は、確実に予定を延期している。子どもを持つ決断をまだしていなかった夫婦は、無期限に見送るだろう」と、国連人口基金で中国担当代表を務めるジャスティン・クールソン氏は指摘する。
人口学者らは、今年の出生数は過去最低になると見ている。昨年の1060万人でさえ2020年に比べれば11.5%も少なかったが、今年は1000万人を割り込む見込みだ。
2022年の公式人口統計が発表されるのは来年初めだが、中国の一部の地域では最近、気になる統計が発表されている。
国内で3番目に人口の多い河南省では、出生率に関する信頼性の高い代替指標である先天性異常の今年1─6月の検査件数が、前年同期比で9.5%減少した。
他地域の都市でも、出生証明書の発行数の減少率が2桁に達している。人口100万人を抱える膠州市(山東省)では、1─6月の発行件数が26%減少した。湖口(江西省)では42%減と急落している。
企業の損益計算書にもいくつかのヒントが現われている。粉ミルクメーカーのオースニュートリア・デアリーや、おむつメーカーのアイインシー、ベビーベッドや乳母車を製造しているグッドベイビーなどの企業は、今年上半期の損失計上に至った要因として、中国における出生数の減少を挙げている。
これらの数字には、今年前半の上海やその他の地域におけるロックダウンの影響はまだ反映されていない。だが人口学者らは、2020─21年の新型コロナ対策のための制限が出生数に与えた影響がこうした企業業績に表れているのは確かであり、2022年はさらなる悪化がと予想されると言う。
人口学者の易氏は、乳幼児用結核ワクチンの接種件数や、婚姻届の件数、中国の主要検索エンジン「百度」上の妊婦用・乳児用製品の検索件数といったデータを相互比較している。同氏は、新型コロナの影響による出生数の減少を2021年、2022年の合計で100万人と試算しており、2023年にはさらに悪化する可能性があると見ている。
<根本原因はコロナ以前に>
1980年から2015年まで「一人っ子政策」を進めてきた中国は、人口減少の瀬戸際にあることを公式に認めている。
中国の2021年の(合計特殊)出生率は1.16だった。経済協力開発機構(OECD)諸国で人口安定の基準とされる2.1を下回り、世界でも最も低い部類に入る。
ここ1年ほど、中国当局は減税や、産休期間の延長、医療保険の拡充、住宅手当、第3子出産に対する補助金、さらには高額な個別指導塾の取締りといった少子化対策を導入してきた。
それでも、シンクタンクのユーワ・ポピュレーション・リサーチが2月に発表した調査では、「子どもが欲しい」という希望は、世界で中国の女性が最も低かった。
人口学者らは、これまでに実施された対策では不十分で、新型コロナウイルス対策と経済成長をめぐる懸念の他に、教育費の高騰や低賃金、悪名高い長時間労働などの問題への対応が必要だと指摘する。
メルボルン大学のピーター・マクドナルド教授(人口論)によれば、低出生率の根本的原因として重要なのは、ジェンダー格差であるという。世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数では、中国は146カ国中102位だった。
金融アナリストのジャフイ・ウーさん(25)は、社会における「良い母親」の基準は厳しい、と語る。
「『良い父親』である方がはるかに楽なように思える。私としては、良いキャリアの方が大切だ」
(Farah Master記者、Albee Zhang記者、Casey Hall記者 翻訳:エァクレーレン)
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