プレスリリースで作られる「科学」

2026/08/23
更新: 2026/08/23

論評

私たちは今、金融と医療産業が一体化した異例の光景を目の当たりにしている。それは、一本の報道発表(プレスリリース)という形で現れた。この発表以外に何の根拠も示されていないにもかかわらず、企業価値540億ドルの同社の株価は170%も急騰した。これは、他のどの業界にもまねのできないほど強力なマーケティング力である。

その企業とは、製薬会社モデルナである。同社はmRNA技術を専門としており、この技術は何十年にもわたり、多くの人々から「医療の未来を担うもの」と言われてきた。mRNA技術が初めて実際に使用されたのは、2020年に新型コロナワクチンが投入されたときだった。それは同時に、モデルナが初めて世に送り出した製品でもあった。

その際にも、「有効率95%」を謳うプレスリリースによって発表された。この数字を、「ワクチンを接種した人の95%は新型コロナに感染しない」という意味だと受け取った人も多かった。しかし、同社はそもそもその点を検証していなかった。それは臨床試験の評価項目には含まれておらず、試験で測定されたのは、短期間における症状を伴う感染例だけだった。

その後、実際の社会では――容易に予測できたように――ウイルスの変異がやがて当初のワクチンの設計を上回るようになり、最初のワクチンは効果を失っていった。

本来なら、実績に疑問が残る同じ企業が客観的なデータも示さずに再び大々的な発表をした際、金融市場はもっと懐疑的になるべきである。しかし現実は違う。莫大な利益が見込めるとなると、投資家は批判的な検証を忘れ、ただ都合の良い明るい未来を信じ込んでしまうのだ。

メラノーマ(悪性黒色腫)の治療法となり得るように見える新たな発表は、猛烈な熱狂を巻き起こした。同社の株価は、ワクチンへの熱狂が最高潮に達していたころの高値にはまだ戻っていないものの、新型コロナワクチンの有効性を疑問視する報告が相次ぎ、その需要が落ち込んだ後につけた安値からは抜け出したように見える。

この一連の動きを見て、企業がいかにして報道発表(プレスリリース)だけで「科学的成果」を演出してみせるのか、私は強い関心を抱いた。ここで忘れてはならないのは、モデルナが発表したプレスリリース以外、詳細やデータには誰もアクセスできないということである。その中では、CEOによる次の発言が重要なポイントとして紹介されていた。

「今回の第3相試験の結果は、がん研究の分野にとって極めて重要な節目となる。長年にわたり、患者一人ひとりのがんに合わせて特別に設計されたmRNA治療を開発するという構想は、目標として思い描かれてきたものだった。今、私たちはその構想を現実のものへと変えることに貢献している」と、モデルナのステファン・バンセルCEOは述べた。「メルクとともに、メラノーマの術後補助療法における重要な未充足医療ニーズに対応するうえで、この技術が持つ革新的な可能性を示し始めている。この進歩を可能にしてくださった患者、研究者、研究チームの皆さまに心から感謝している」

ここで注目すべきなのは、非常に慎重で、ほとんど中立的な言葉遣いが、具体性に乏しい高揚感のある表現に包まれており、「治癒」のような断定的な言葉を完全に避けていることである。「革新的な可能性」や「メラノーマの術後補助療法における重要な未充足医療ニーズに対応する」といった表現は、治癒を意味するものではない。「極めて重要な節目」が実際に何を意味するのかも、それが比喩である以上、誰にもはっきりとは分からない。

しかし全体として、その言葉が暗示しているものはかなり明白である。それは「買い」のシグナルである。同社がそのようなシグナルを送る意図を持っていたことに疑いはない。そして実際、それは見事に機能した。

明確にしておくと、このように臨床試験の結果について「将来予測に関する記述」を公表すること――まだ検証されておらず、詳細なデータはもちろん、規制当局の判断による裏付けさえない段階で発表すること――は、違法ではない。それどころか、上場製薬企業を長年悩ませてきたインサイダー取引を防ぐため、透明性を高める取り組みとして推奨さえされている。新薬の臨床試験結果のおよそ5件に1件はこのような形で発表され、ほぼ必ず成果を強調するような言葉が使われる。

プレスリリースの末尾には、何を言うことができ、何を言うことができないのかが説明されている。「will(~するだろう)」「may(~かもしれない)」「should(~するはずだ)」「could(~する可能性がある)」「expects(予想する)」「intends(意図する)」「plans(計画する)」「aims(目指す)」「anticipates(見込む)」「believes(考える)」「estimates(推定する)」「predicts(予測する)」「potential(可能性)」「continue(継続する)」といった言葉は使用できるが、完全に断定的な表現は避けるべきだという。興味深いことに、プレスリリースに記された次の但し書きは非常に重要である。

「本プレスリリースに含まれる将来予測に関する記述は、約束でも保証でもない。したがって、これらの将来予測に関する記述を過度に信頼すべきではない。これらには既知および未知のリスク、不確実性、その他の要因が含まれており、その多くはモデルナの管理の及ばないものである。そのため、実際の結果は、明示または示唆された内容と大きく異なる可能性がある」

「大きく異なる」ということは、結果が正反対になる可能性さえあるように聞こえる。実際、その通りである。では、なぜ株価は天まで届くような勢いで急騰したのだろうか。それは、トレーダーたちがモデルナががんを治したと信じているからではない。彼らは、この発表を受けて株価が上がると他の人々が考える、とさらに別の人々が考えるだろうと信じているからである。もちろん、株価が170%上昇したというニュース自体も、それが正しいかどうかにかかわらず、投資家が同社に信頼を寄せているという印象を与える。そして、規制当局への正式な申請を進めるための資金を同社にもたらすことにもなる。

しかし、この動きを注意深く見ていた人々の中には納得しない者もいた。調査報道ジャーナリストのマリアンヌ・デマシ氏は次のように書いている。

「もし近く、大規模で適切に実施されたランダム化試験のデータが公表され、すでに有効な治療法であるキイトルーダに加えて、intismeranがメラノーマの再発を大幅に減少させることが示されるのであれば、それは真の進歩と言えるだろう。しかし、その追加的な効果がどの程度大きいのか、どのような有害事象を伴うのか、何人の患者が治療を中止するのか、そして最終的には患者の寿命を延ばすのかを知る必要がある。私は進歩を否定したいわけではない。しかし、モデルナとメルクが第3相試験の結果を公表するまでは、彼らが言うメラノーマ治療の『ブレークスルー』は、まさに現状のまま――『プレスリリースによる科学』にすぎない」

こうした出来事をきっかけに、私はモデルナが当初実施した臨床試験について、改めて詳しく調べてみることにした。それはファイザーの試験と本質的にほぼ同じで、結果も同様だった。ファイザーの試験については、6年後にヤコブ・オフィール氏が極めて詳細な検証を行っている。6年という時間があれば、十分に掘り下げた研究を行うことができる。

「有効率95%」という数字の背後では、プラセボ群でもワクチン接種群でも、実際に確認された症例数は非常に少なかった。試験には約4万3500人が参加し、プラセボ群とワクチン群にほぼ半数ずつ分けられた。結果は、ワクチン群で8例、プラセボ群で162例だった。つまり、約1%対0.1%という水準の比較だったのである。

さらに、この試験は無症状感染や予防効果(他者への感染防止)を評価しておらず、PCR検査を受けたのも一部の参加者のみであった。実際には、症状がありながら未検査だった「疑い例」が3,410例も存在し、これらを考慮に入れると、両者の発症差はわずか12%程度にまで縮小する。忘れてはならないのは、これは当時流行していたウイルス株を標的にした最初の製剤についての話だということである。

そこで重要になるのは、ワクチン接種による利益が、その代償に見合っていたのかという問題である。筆者によれば、臨床試験ではワクチン接種群で未接種群の4倍の有害事象が生じた。短期間の追跡調査において重症例を1件防ぐために必要な接種人数は約9200人であり、そのうち多くの人が有害事象を経験することになる。そして忘れてはならないのは、この病気について、医学的に重大な死亡リスクがあるのは主として高齢者や虚弱な人々であることが以前から知られていたにもかかわらず、そうした人々はそもそも試験に含まれていなかったということである。

これらはすべて非常に興味深いことであり、しかもここまでの話は、製品が市場に投入される前の臨床試験だけに関するものである。その製品には、被害に対する法的責任を広範に免除する措置も伴っていた。実際の社会ではウイルスが変異し、その結果、有効性はさらに低下した。そして元の変異株が集団から姿を消すまで変異が続き、追加接種が次々と必要になった。現在では、このワクチンはほとんど使用されていない。パンデミックが主として実際の感染と、それによって生じた免疫によってエンデミック(地域的流行)へと移行したからであり、それは人工的ではなく自然に生じたものだった。

これが、mRNA技術によって作られた最初の、そして最も有名な製品である。その実績は、実証的に見て目覚ましいものとは言えず、しかも著しい危険性を伴っている。

がんを治療できるかのように聞こえる企業の大げさな主張については、疑ってかかる十分な理由がある。特に、それが緊急時にのみ承認された実験的技術を基盤としている場合はなおさらである。このケースを含め、ほかの多くの事例でも、利益を求める欲求が医学的な合理性や客観性を上回っているのではないかと疑いたくなる。株式市場における企業価値の上昇を、人々の健康と幸福を向上させる真の技術革新と混同してはならない。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
ブラウンストーン・インスティテュートの創設者。著書に「右翼の集団主義」(Right-Wing Collectivism: The Other Threat to Liberty)がある。