舞台で笑いを取るために、歌詞を一言変える。それだけなら、どこの国でも珍しくない。
ところが中国では、その一言が「政治への皮肉ではないか」と通報され、当局が正式に調査に乗り出した。そして今度は、別の都市で予定されていた公演まで中止となった。
騒動の中心にいるのは、中国の伝統話芸「相声(そうせい)」で知られる人気芸人、郭徳綱(かく・とくこう)氏だ。
相声は、語りや歌、掛け合い、身ぶりやギャグを交えて観客を笑わせる、日本の漫才にも似た芸能である。郭氏は相声劇団「徳雲社」を率い、テレビや舞台でも広く知られている。
発端は7月24日、湖北省武漢での公演だった。
郭氏は舞台で、中国共産党の革命を題材にした映画『鉄道遊撃隊』の有名な挿入歌『弾起我心愛的土琵琶(邦訳:愛する琵琶をかき鳴らせ)』を歌った。中国では、こうした共産党や革命をたたえる歌を「紅歌」と呼ぶ。
本来の歌詞は「西の太陽が沈もうとしている。微山湖は静まり返っている」。
郭氏は、この「微山湖」をアドリブで「紫禁城」に変えた。
つまり、「西の太陽が沈もうとしている。紫禁城は静まり返っている」と歌ったのだ。
紫禁城とは北京にある現在の故宮のこと。かつて皇帝が暮らした場所で、中国最高権力の象徴でもある。
このため、「太陽が沈む」に続いて「紫禁城は静まり返っている」と歌ったことが、「北京の最高指導者の時代が終わる」という意味ではないかと受け取る人が現れた。
もちろん、郭氏本人が習近平や現政権を指したと説明したわけではない。舞台上のアドリブにすぎないとも考えられる。
それでも、この一幕は通報された。
武漢市当局は8月11日、変更した歌詞が事前に届け出た公演内容に含まれていなかったとして、正式に調査を開始した。劇団側はその後、問題となった部分を公演から削除した。
そして騒動は、それだけでは終わらなかった。
郭氏が率いる劇団の一つ「麒麟劇社」は8月15日夜、西安で公演を予定していた。ところが、公演を翌日に控えた14日、突然の中止が決まった。劇場ではチケットの払い戻しが始まった。
公演中止の理由は明らかにされておらず、武漢での替え歌問題との直接的な関係も公表されていない。ただ、替え歌をめぐる調査の直後だけに、ネットでは両者を結びつける見方が広がっている。
中国のネット上では、「これくらいで通報されるの?」「歌詞をちょっと変えただけなのに」「冗談も言えないのか」と驚きやあきれの声が相次いだ。
なかでも目を引いたのが、「今は芸人が何を言えるかだけでなく、客も安心して笑えない」という声だ。冗談に政治的な意味があると疑われれば、笑った側まで「大丈夫だろうか」と身構えてしまう。そんな息苦しい空気が広がっている。
中国では近年、芸能界に対する内容審査や統制が続いている。今回も当局が表向きに問題としているのは、即興部分が事前の届け出に含まれていなかったことだ。
しかし、なぜ舞台のわずかな言葉遊びが、ここまで大きな問題になるのか。
専門家は、替え歌にまで当局が過敏に反応する背景には、共産党指導部の強い危機感があると指摘。「政権に自信があれば、ここまで神経質になる必要はない」とし、「末期的な症状」と評した。
冗談を言う側も、それを聞いて笑う側も、その笑いに「政治的な意味」がないかを気にしなければならない。今回の騒動は、そんな息苦しさを映し出している。
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