張又俠が習近平に権力移譲を迫った内幕?

2026/07/23
更新: 2026/07/23

独立系の時事評論家である蔡慎坤氏はこのほど、内部情報として、張又俠がかつて習近平に権力移譲を迫ったことを認め、「歴史を書き換えるのもあと一歩だった」と語ったと明らかにした。あわせて、王岐山、曾慶紅、それに党内の一部の元老から支持を得ていたとも伝えた。

蔡氏は、中国共産党第21回党大会を前にした政治情勢について、なお不透明であると指摘した。各派閥は機会をうかがっており、ひとたび決定的な出来事が起きれば、最高指導部の権力構図が一気に変わる可能性があるとしている。

張又俠をめぐる内部情報

7月16日、蔡慎坤氏はYouTubeチャンネル「蔡慎坤說」のライブ配信で、最近入手した情報として、張又俠は当初、当局による関連の告発を一貫して否認し、罪を認めず、自白もしなかったと明らかにした。

報道によると、今年1月24日、中国国防部は、中国共産党(中共)中央政治局委員で中央軍事委員会副主席の張又俠と、中央軍事委員会委員で統合作戦参謀部参謀長の劉振立が、重大な規律違反および違法行為の疑いで調査を受けていると発表した。

1月25日には、中共軍の機関紙が社説を掲載し、張又俠と劉振立には「七つの大罪」があると指摘した。その中で、外部から最も重要な告発と見られているのが、「軍事委員会主席責任制を深刻に踏みにじり、破壊した」という点である。『自由時報』は評論を引用し、この表現は、張又俠の行為が習近平を形骸化させ、集中統一指揮を弱体化させた政治問題と受け止められたことを意味すると指摘している。

蔡慎坤氏によると、張又俠の案件は調査の後期に入り、捜査当局が息子を突破口として利用し、協力を迫ったという。最終的に張又俠は態度を変えたとされる。

習近平への権力移譲要求とは

蔡氏は、張又俠がクーデターを発動し、習近平に権力移譲を迫ろうとした一連の問題を認めたとする情報を紹介した。

これについて蔡氏は、強い衝撃を受けたと述べた。これまで張又俠には、反習の勇気も野心もないと見ていたためである。

蔡氏によると、張又俠は憲法改正で習近平を支持しただけでなく、第19回党大会では軍を全面的に動員して習近平の体制を支え、第20回党大会後には中央軍事委員会第一副主席に就任した。そのため、これまで張又俠は習近平の重要な同盟者だと考えていたという。

蔡慎坤氏が引用した情報源は、張又俠が習近平に対して権力奪取を狙う計画を認めたとし、さらに王岐山、曾慶紅、それに一部の党内元老を含む党上層部から支持を得ていたと述べている。

これを踏まえ蔡氏は、最近、王岐山の旧部である周亮らが相次いで失脚・粛清されたことや、王岐山が軟禁されているとの外部の噂も、この件と関係している可能性があるとみている。一方で、曾慶紅の勢力が大規模な粛清を受けていない理由については、事後に曾慶紅が速やかに関係を切り離した一方、王岐山は今さら関係を否定しても意味がなかったためだと説明している。

ただし蔡慎坤氏は、これらの情報の真偽について自ら確認したわけではなく、あくまで内部情報の伝聞であると付け加えた。

実際、『大紀元』は2024年から2025年にかけて一連の報道を行い、張又俠は習近平の過度な権力集中に反対する軍内部の重要な勢力を代表していると分析していた。また、ロケット軍や高級将領、習近平側近の相次ぐ粛清は、軍内の不満が高まっていることを示していると指摘している。このような状況のもと、張又俠は党内元老や一部の軍勢力と連携し、習近平の再任を阻止、あるいは軍権を弱体化させようと試み、場合によっては反習の動きも排除できないとしていた。

第三者を通じた連絡の可能性

近年、張又俠、王岐山、それに党の引退元老たちは厳重な監視下にあり、直接連絡を取り合うことはほぼ不可能とされている。これについて蔡慎坤氏は、退任・現職を問わず高官たちは厳しく監視されているが、その子女など、一見して目立たない人物を通じて情報を伝える可能性は依然としてあると指摘した。

蔡慎坤氏はまた、最近、元中央宣伝部副部長で元国家新聞出版広電総局局長の蔡赴朝が逮捕され、その息子も同時に連行されたと報じられたことに言及した。蔡赴朝は王岐山が北京市のトップだった時代の重要な側近であり、その息子は張又俠と王岐山の間の伝言役だったとされる。

さらに蔡氏は、当初、習近平が王岐山を完全に粛清せず、周亮ら旧部を残したのは、両者の間に一種の暗黙の取引があったためだと分析する。ただ、張又俠が権力奪取の試みを認めたという話が事実であれば、王岐山が完全に敗北を認めておらず、なおも習近平を失脚させようとしていたことを意味するとも述べた。

張又俠は追い込まれて反撃した

蔡慎坤氏は、仮にこれらの内部情報が事実であったとしても、張又俠が当初から反習だったとは見ていない。現在の状況に至ったのは、軍の人事権をめぐる利害の衝突の中で、習近平によって追い込まれた結果だとしている。

蔡氏の分析によると、第20回党大会前、党内元老が張又俠の軍事委副主席留任を望んだのは、習近平と対抗させるためではなく、将来の円滑な権力移行を確保するためだった。当時、元老と習近平の間で共有されていた認識には、次の内容が含まれていたという。

– 習近平が第20回党大会でさらに1期続投することを認める。
– 第21回党大会で胡春華に権力を引き継ぐ。
– 張又俠は軍に残り、将来の権力移行を円滑に進める役割を担う。

蔡氏は、張又俠が当初担っていた任務は、円滑な権力移行を支えることであり、習近平を打倒することではなかったと指摘する。

蔡慎坤氏は、転機は第20回党大会後に訪れたとみている。習近平は当初、苗華を第一副主席、何衛東を第二副主席に据える計画で、張又俠の続投は望んでいなかったという。そのため大会後、習近平は反腐敗運動を通じて李尚福やロケット軍、装備部門などを相次いで粛清した。これら一連の動きの目的は、段階的に張又俠の力を削ぎ、最終的に軍の主導権を手放させることだったとしている。

蔡氏は、張又俠が習近平の標的が自分であると認識すると、受動的に待つことをやめて反撃に出たと述べた。そして、苗華や何衛東など習近平の軍内側近による汚職疑惑や、「習近平を妄議した」などの証拠を掌握し、それを習近平に突きつけることで、最も信頼していた側近の処理を余儀なくさせたという。

蔡慎坤氏は、最終段階では両者の軍権をめぐる争いはもはや調停不能となり、張又俠は危険を感じただけでなく、習近平が自分に手を下そうとしていると確信したと述べた。そのため、党内元老の支持を求め、当時の権力構図を変えようとしたという。

蔡氏は、張又俠の行動は受動的な反撃だったとし、元老と連携して中国の政治情勢を変え得る重大な動きを進めようとしたが、最終的には失敗に終わり、どこで問題が生じたのかは不明だと述べた。

第21回党大会前はなお不透明

蔡慎坤氏は、王岐山、張又俠、陳希が相次いで失脚したことは、習近平に多大な功績を立て、数十年の関係を持つ核心的側近であっても政治的な安全は保証されないことを示していると指摘する。

この状況は、蔡奇、王小洪、李強、丁薛祥といった現職の中枢側近にも心理的な影響を与え、忠誠を尽くしても安泰とは限らず、後継候補と見なされれば早期に抑え込まれる可能性があるという認識を生んでいる。

蔡慎坤氏は、現在も水面下は決して平穏ではなく、各派閥が機会をうかがっており、第21回党大会までにはなお多くの不確定要素が残っていると述べた。ひとたび局面を大きく動かす決定的な出来事が起きれば、連鎖反応が起こり、中国共産党上層部の権力構図が再編される可能性がある。その場合、政治の行方はもはや習近平一人では完全に制御できないかもしれないと指摘した。

趙彬