中国で「娯楽ボイコット」が広がる中、政府系メディアが盛況を強調する愛国映画『得閑謹制(GezhiTown)』が公開された。初日興行は1億元(約20億円)を突破したと宣伝され、中央テレビまでが成功をアピールした。
しかし、SNSに投稿された映画館の光景はそれとはまったく異なる。
実際に映画館へ足を運んだ市民の間では「ほとんど人がいない上映回ばかりだった」との声が多数寄せられ、公式発表どおりの盛況だったのか疑問視する空気が広がっている。
舞台は山間の小さな町。戦時下で住民が家族を守ろうとする姿を描いたもので、主演のシャオ・ジャン(肖戦)は中国でもトップクラスの人気俳優だ。公開前から国営メディアは集中的に宣伝し、成功を印象づけようとしてきた。
一方、ネットには「会社から無料チケットが配られたが誰も行かなかった」「劇場は静まり返っていた」といった投稿が並んだ。
そして今回の議論の中心になっているのが、中国特有の宣伝手法である「上映回買い取り(包場)」である。
この仕組みについては、中国メディア自身が繰り返し報じており、「ネットの噂」ではなく公式に存在する慣行だ。
企業や芸能事務所が上映回そのものを買い取ることで、客席が空のままでも興行収入だけが積み上がる。いわば「数字だけ満席」が作れてしまう構造である。
ネットで拡散されている買い取りリストは、映画公開前からすでに共有されており、その規模が通常の宣伝活動を大きく上回っていた。

企業だけで、メンズ化粧品ブランドのロレアルメンズが523回、衣料メーカーの猫人が500回、食品ブランドの椒裡が500回、スポーツブランドの李寧(リーニン)が321回、いずれも数百回単位で上映枠を買い取っていた。
主要企業の買い取りだけで合計すると、およそ2千回近い規模に達している。
また、中国メディアの報道によれば、芸能人による買い取りも相次いだ。
買い取り一覧には、黄暁明(ホアン・シャオミン)や楊紫(ヤン・ズー)など、日本でも知られる俳優まで登場し、名だたる顔ぶれが次々と加わった。
俳優だけの買い取り分を合わせても「100回規模」に達しており、まさに「芸能界総動員」と形容される状況である。
こうした「数字の作られ方」への不信に拍車をかけているのが、中国全土で続く娯楽ボイコットである。
この大規模な拒否運動が始まった背景には、同国俳優・于朦朧(アラン・ユー)の不審死をめぐる国民の強い疑念と怒りだ。その死をめぐって、芸能界の大物や関係者が深く関わった可能性が「極めて高い」と市民の間で広く信じられるようになったが、当局の厳しい情報封じ込めで証拠は表に出ず、関係者も何事もなかったかのように沈黙を貫いた。この「闇にふたをしたような黙殺」こそが、市民の怒りを決定づけ、娯楽ボイコットが一気に広がった。
娯楽ボイコットは、主演のシャオ・ジャン(肖戦)を何年も応援してきたファンの心さえ揺らした。
「あなたの映画は本当は観たい。でも于朦朧のために続けてきた2か月の努力を無駄にしたくない。だから今回は行けない」
そんな痛切な投稿がSNSに並び、ファン同士が涙で励まし合った。
「好きなのに観に行かない」という苦しい選択を受け入れたその姿が、市民の覚悟の深さを静かに物語っている。


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