イギリス政府は10月15日、中国共産党(中共)がイギリスを標的に大規模なスパイ活動を展開していたことを示す新たな証拠を公開した。政府高官が2023年の段階で既に実態を警告していた事実も明らかとなり、証拠不備を理由に先月取り下げられたスパイ容疑事件が再び波紋を呼んでいる。
英議会関係者らに「中共スパイ疑惑」
問題となったのは、元議会研究員クリストファー・キャッシュ氏(29)と教師クリストファー・ベリー氏(32)の2人である。両氏は2021〜23年にかけて中共のために情報を収集した疑いで起訴されていたが、今年の9月に王立検察局(CPS)が突然、訴追を取り下げた。政界からは「中国側への配慮ではないか」との批判が上がっている。
ベリー氏とキャッシュ氏は2023年3月に逮捕され、外国勢力の利益となる情報の入手や伝達を禁じる「公式機密法(Official Secrets Act)」違反の罪で起訴されていた。ベリー氏は教師、キャッシュ氏は議会研究員であり、中国研究グループ(China Research Group=CRG)に所属し、保守党議員らに関する資料も扱っていたとされる。
政府高官が3通の証言書を提出
首相官邸の発表によると、現副国家安全保障顧問マシュー・コリンズ氏は2023年12月、2025年2月、同年8月の3回にわたり、検察に書面証言を提出した。1通目は保守党政権下で、残る2通は現労働党政権下で提出されたものである。
第1の証言「中共は大規模なスパイ活動」
2023年の書面でコリンズ氏は、「中共情報機関は高度な技術力を持ち、イギリスおよびその同盟国に対して大規模なスパイ活動を展開している」と指摘。「目的は中国(中共)の国益促進であり、イギリスの安全と利益を損なうことにある」と警告した。
証言によれば、テロ対策警察が入手した情報で「中国側がベリー氏を情報提供者として勧誘し、キャッシュ氏との関係を利用してCRGへの浸透を図った」とされる。この証言が2024年4月の起訴の根拠となった。
第2の証言「中共権威主義が英に挑戦」
2025年2月の第2の陳述では、「中国(中共)は権威主義的国家であり、イギリスと根本的に異なる価値観を持ち、イギリスおよび同盟国にとっての挑戦である」と分析した。一方で、「イギリス政府は安全と価値を守りつつ、中国との経済関係は維持する方針である」とも述べた。
第3の証言「民主制度を脅かす」
2025年8月の第3の証言では、「中国(中共)の情報活動はイギリスの経済的繁栄や回復力、民主制度の健全性を脅かしている」と指摘。2021〜23年にかけてのイギリス選挙管理委員会へのサイバー攻撃を「北京が主導した」との見方を示した。
文書の内容は前回よりも厳しいが、「中国との建設的経済関係を維持すべき」との立場は堅持している。
起訴取り下げの背景と政界の反応
王立検察局は9月15日、事件について「当時、中国(中共)が国家安全保障上の脅威と公式に定義されていた証拠が不足している」として、起訴取り下げを決定した。
保守党の元法務長官ドミニク・グリーブ氏はBBCの取材に「理解に苦しむ決定だ」と述べ、「文書に明示的な表現がなくとも、中共の脅威は明らかだ」と強調した。
保守党のケミ・バデノック党首も議会で「首相スターマー氏は真実を隠している」と批判し、「政権は中共の脅威を過小評価し、経済関係を優先している」と非難した。彼女は2021年の保守党政権による包括的安全保障レビューや、保安局(MI5)長官ケン・マッカラム氏の発言を引用し、「中共はイギリス経済にとって最大の国家的脅威だ」と指摘した。
スターマー氏はこれに対し、「起訴は保守党政権下で行われ、取り下げ判断も現政権とは無関係である」と説明。「証言公開は透明性確保のためである」と強調した。
王立検察局の報道官は15日、『大紀元時報』の取材に電子メールで回答し、「コリンズ氏の陳述は刑事手続きの一部であり、すでに終了している。文書公開の可否は政府の権限に属し、王立検察局の管轄外である」と述べた。
中共による英政府ネット侵入 10年以上の活動報告も
ブルームバーグ通信によると、複数のイギリス元高官や関係者が、中共の国家系ハッカー組織が10年以上にわたりイギリス政府の機密ネットワークに継続的に侵入し、「official-sensitive(機微情報)」や「secret(機密)」レベルの資料を盗み出していたと証言した。盗まれたデータには政策草案、外交電報、官僚間の私的通信などが含まれていたという。
消息筋は「中共による浸透は継続的かつ終わりがない」と指摘。特に、政府の機密データを保管していたロンドンのデータセンターが、当時の保守党政権下で中共関連企業に売却されていたことが安全保障上の懸念を高めている。
政府報道官は「最も機密性の高いシステムは依然として安全である」と説明したが、専門家らは「北京が現実の国家安全保障上の脅威であることを改めて示している」と警鐘を鳴らした。
MI5(イギリスの諜報機関の一部であり、テロやスパイ活動に対抗することを任務としている)は今週、議会に対し中国とロシアによるスパイ活動の活発化を警告。国家サイバー安全センター(NCSC)によると、重大なサイバー攻撃は過去1年間で50%増加し、中共が「主要な脅威源」と認定している。
揺れる中英関係と外交課題
今回の事件は、イギリスが中共による政界浸透を公然と非難して以降、最大級の司法案件の一つとなった。2023年には「議会研究員スパイ事件」を契機に、イギリス議会内で対中政策論争が激化している。現政権もスパイ行為を非難する一方で「対話と協力」を掲げ、関係悪化の回避に努めている。
政府関係者によれば、外務省高官オリー・ロビンス氏が現在北京を訪問し、在中国イギリス大使館の改修計画を協議している。中共側はロンドンで新大使館の建設を申請中であり、議会内では懸念の声が広がっている。
今回の証拠公開は、米英両国で中共との関係やサイバー安全保障への懸念が高まる中での動きである。スターマー政権は中国との外交的接触を進めてきたが、党内外からの警戒感も強まっており、外交・安全保障政策の舵取りは一段と難しい局面を迎えている。
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