アメリカ保守系団体「ターニング・ポイントUSA」創設者・31歳のチャーリー・カーク氏が、キャンパス討論と対話を通じて若者の心を惹きつけ続けた理由を解説。討論イベントや銃撃事件、世代間対話の様子を詳報する。
9月11日、米「ターニング・ポイントUSA」はウェブサイト上で、10日に創設者兼会長のチャーリー・カーク氏(1993年10月14日―2025年9月10日)を追悼する声明を発表した。声明では「チャーリー氏は、人々が真理を探求し合意に達するには、討論と誠実な議論が不可欠であると誰よりも強く信じていました。意見が異なっても、少なくとも相互理解を深めることはできるのです」と述べた。
カーク氏は、若い世代の中で最も影響力のある保守派のオピニオンリーダーと見なされている。彼は伝統への回帰とキリスト教信仰の復興を訴え、中絶、性転換、さらには「woke(ウォーク)」文化に反対している。カーク氏はキャンパス内に「Prove Me Wrong Table(私が間違っていることを証明してみて)」と名付けた討論の場を設け、学生に異なる意見を表明させ、議論を交わしている。
9月10日、カーク氏はユタ州のユタ・バレー大学で講演中に銃撃を受けて倒れた。同講演は「アメリカ復興の旅(American Comeback Tour)」の第1弾イベントであった。カーク氏は「自由」と記された白いTシャツを着て登壇し、開始時には聴衆に「American Comeback Tour」と書かれた赤い帽子を投げ入れていた。容疑者は22歳のタイラー・ロビンソン(Tyler Robinson)とされる。
生前、遺志について尋ねられたカーク氏は「私の勇気、そして何よりも信仰を覚えていてほしい」と語っていた。政治的勝利よりも、アメリカの若者たちの信仰が復興することを望んでいたという。

キャンパスに足を踏み入れる
ターニング・ポイントUSAは、米国で最大規模かつ最も成長が著しい保守系青年活動団体である。2012年6月の設立以来、その影響は全米3500以上の高校・大学キャンパスに及び、会員は25万人を超えている。追悼文は「私たちはリーダーであり、指導者であり、友人である人を失いました」と締めくくっている。
声明にはさらにこうある「18歳のとき、無一文で無名ながら夢を抱いたチャーリーは両親のガレージを拠点に活動を始めました。彼の情熱とエネルギーは誰にも勝り、強い影響力を持っていました。この31年間の彼の経験は、一人の人生をはるかに超えるものであり、人生への熱意は並外れて強く、個人の力で社会を変革できると信じていました」
アメリカの大学キャンパスは長らくリベラル左派の強固な拠点であった。その中で、保守派が強い影響力と人気を得ることは珍しく、カーク氏は数多くの学校に足を運んできた。「Prove Me Wrong(私の間違いを証明してみよ)」と題した討論会には毎回数百人、数千人の学生が集まり、あらゆるセンシティブなテーマをめぐって激しい議論が交わされた。カーク氏は自身の信仰や見解を率直に語り、異なる意見を持つ学生に対話を促し、暴力ではなく言葉による議論を重視していた。

「Prove Me Wrong」キャンパス討論
インターネット上にはカーク氏と学生たちの討論映像が多数公開されている。保守系メディア「North American Conservative Review」は、彼を「陽気で温かみがあり、品格を備え、信仰は純粋にして意志の強い人物」と評し、「考え深く、論理的で、説明は明快である」と伝えている。
「人気を装うために人を集めているのではないか」と学生が問いかけると、カーク氏は「彼らは自分の意思で来ている。誰にでも確認してみてください」と答えた。
「なぜ分断を生み出すのか」との問いに対しては、「異なる意見を持つ人々と積極的に対話することで、むしろ分断を埋めようとしている」と返した。
「ターニング・ポイントは資金力のある邪悪な企業だ」と指摘する学生に対しては、「意見の異なる人と対話をしているだけで、なぜ邪悪なのか。確かに白人が経営する企業から支援も受けていますが、多くの富豪は左派系であり、彼らは莫大な資産を大学や左派組織に寄付しています」と述べた。
「スターバックスで何を注文するのか」との質問には、「ミント・マジェスティティーに加えて、通常の蜂蜜とフレーバー蜂蜜を2種類入れています。1日におそらく9杯ほど飲んでいます。そうしないと声が出なくなるからです」と答えている。
カーク氏が大学教育を受けていないのに大学について語ることへの疑問も寄せられた。これに対してカーク氏は「それは私が乗り越えなければならない壁であり、むしろ学習への意欲を高め、より深く調べ理解する努力につながりました」と答えた。米国では大学生の約41%が中途退学し、公立大学の退学率は50%に達している。その多くは連邦助成金を受けている学生である。
「周囲は超リベラルや無神論者ばかりだが、私はどう支援すればよいのか」と問う学生には、「無神論者は絶対的真理の存在も神も信じていません。しかし、バッハやモーツァルトといった音楽を聴かせてみてはどうでしょう。そこには美と甘美さが満ちています。私たちは心の奥底で美を求め、悪を退けます。音楽は時空を超える霊的な力を持ち、より高次の存在とつながっています。音楽を通じて神を讃えるのです」と答えている。
ある講演でカーク氏はこう語った。「この世代は過去50年以上で最も保守的な世代です。データでも裏付けられています。変化が急速すぎるため、リベラル派は困惑しています。彼らはこの世代が最も『自由』な世代になると考えていました」
中絶と救済
ある女性は「自分を女性と認識していれば誰でも女性である」と述べた。これに対し、カーク氏は一瞬言葉を失った。
中絶は最も議論を呼ぶ問題の一つである。ある女性は「子宮を持つ人、すなわち女性にとって妊娠は不公平であり、男性は責任を負わず、中絶を選ばなければ女性の生活は困難になる」と語った。
これに対してカーク氏は「人生には確かに多くの不公平が存在する。法律上は男性にもより多くの責任、すなわち養育義務が課されている」と応じた。そのうえで「生活が困難だからといって子どもを殺すという考え方は優生学に由来するものであり、最も不公平なのは命が育つ権利を奪い、まだ生まれていない赤ん坊を殺すことである」と指摘した。そして「他人の命(妊娠中の子)を奪う権利はあなたにはない」と断じた。
女性はさらに、「聖書には困っている人を助けよと書かれているのに、なぜ無料の食事などの政策を支持しないのか」と問いかけた。これに対しカーク氏は「聖書は政府のあり方を規定していない」と答えた。統治の基本は憲法であり、憲法には国境管理、国家安全保障、通貨発行、州間商取引の規制、司法省の設置、課税などの役割は明確に定められているが、市民に食料を提供することは含まれていないと説明した。
国民皆保険について問われると、カーク氏は「健康問題の九割は予防できる。変えるべきは生活習慣だ」と述べた。さらに「医療保険は他人に支払いを肩代わりさせる仕組みである」と指摘した。医療保険の利用と人命救助は別問題であり、道徳的規範やミランダ権利(Miranda Rights)が存在する以上、身分証やクレジットカードを確認しなくても救急治療を受けられると説明した。また、ヨーロッパで国民皆保険が実施されているが、国民は高い税金を負担していると付け加えた。
カーク氏は「ヨーロッパは『大きな政府と小さな教会』であり、アメリカはその逆であることを望む」と語った。もしシングルマザーが教会を訪れ「子どもを養えない」と訴えれば、教会はその女性を拒まず、信徒たちが手作りの健康的な食事を用意して支えるはずだと述べた。
白人特権、移民、犯罪について
続いて、あるアフリカ系の少女が「なぜ白人特権が確かに存在すると考えないのですか」と質問した。カーク氏は「あなたにできなくて、私にできることとは何か」と逆に問い返した。
黒人に対する賠償の是非について問われると、カーク氏は「すべての白人や黒人が奴隷制に関与していたわけではない。我々は個人である。やってもいないことに責任を負うべきではなく、そのことで利益を得るべきでもない」と応じた。
犯罪者の定義については「犯罪者とは法律に違反した人である」と説明した上で、南部国境を不法に越える行為は連邦法違反だと述べた。また「キリスト教徒として我々の心には善悪の判断がある。他人のものを盗んだり、他人の家に許可なく侵入したり、他人に迷惑をかけたりすることは本質的に誤りである」と指摘した。
銃規制については「銃を所持することは権利であると同時に責任でもある」と強調し、管理策の必要性を説いた。連邦の登録制度や、犯罪者から銃を没収可能にする各州のレッドフラッグ法の整備を進め、犯罪の未然防止を図るべきだと述べた。また、運転免許証の取得に安全運転の証明が必要であるように、銃を安全に操作・保管できる能力の証明も必要だと主張した。
最終日の午後零時二十分ごろには、観客の一人が「この十年間でどれだけ多くのトランスジェンダーのアメリカ人が大規模銃乱射事件に関与したか知っているか」と問いかけた。カーク氏は「多すぎる」と答えた。さらに観客が「この十年間で何件の大規模銃乱射事件が起きたのか」と重ねて問うと、カーク氏は「ギャングによる事件も含めるのか」と返した。その直後、会場には銃声が響き、カーク氏が倒れた。
カーク氏の「アメリカ回帰の旅」は、当初、10月末までに15の大学を訪問する計画だった。彼の講演に参加し、直接質問を投げかけたり、回答を聞いた若者たちは、その経験を記憶し続けるだろう。映像の一場面に自分の姿を見つけるかもしれないし、考え方が一致するか否かにかかわらず、彼らにとっては貴重な出会いとなった。
しかし、その他の14の大学に通う学生たち、あるいはさらに多くの人々には、この機会は永遠に失われてしまった。
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