中国・北京市郊外で発生した記録的豪雨と複数の水庫(ダム)からの無予告放流により、密雲区太師屯鎮の老人ホームでは31人の高齢者が死亡する大惨事となった。しかし、この事件は、政府発表では断片的にしか触れられず、現場周辺はすでに封鎖され、記者や住民の接近すら制限されている。
7月28日未明、密雲ダムが放流を開始したが、事前に警報はなく、住民は「(避難する時間は)5分もなかった、水が一気に入ってきた」と振り返る。施設には自力避難が困難な高齢者が69人もおり、31人が犠牲になった。洪水が引いた後に取材に入った記者によると、室内には約2メートルを超える水位の痕跡が残されており、壁には、濁流の中で助けを求めたとみられる泥まみれの手形も確認されたという。
この悲劇を報じた国内大手メディア「財新」の記事は、直後に削除され、関連するセルフメディアの転載記事も次々と検閲対象となった。当局による情報封鎖の姿勢は一貫しており、市民からは「老人ホームだけでなく孤児院も被害を受けたが、報道されていない」「封鎖がすべてを覆い隠している」と怒りの声が上がっている。

北京市の記者会見では、「全市で44人死亡、9人行方不明」とする公式発表がなされたが、現地住民は本紙の取材に「政府はウソをついている。うちの村だけで行方不明が300人を超える」と証言しており、公式発表との深刻な乖離が浮き彫りになっている。
政府は災害の原因を「強い雨」とするだけで、ダムの放流には一切触れていない。
こうした姿勢に表れているのは、中国政府が繰り返してきた「災害隠蔽」の構造に他ならない。被害を最小限に見せかけ、責任追及をかわす体制が、尊い命を守る最後の機会すら奪っていた。そして今、「水害そのものよりも、国家が何も知らせなかったことの方が恐ろしい」という声が、濁流に沈んだ命の代わりに、重く、深く、この国を覆っている。

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