論評
カナダ政府は、2035年までにすべての新型軽自動車を電気自動車(EV)にすることを義務付けている。この目標を達成するためには、発電能力を大幅に増やし、大規模な充電インフラの拡充が必要である。
3月に発表されたフレーザー研究所(Fraser Institute)の調査によれば、電力需要の増加に対応するためには13基の大型天然ガス発電所、またはブリティッシュコロンビア州の160億カナダドル(約1兆8400億円)規模のSite C水力発電プロジェクトに匹敵する新しい巨大ダム10基が必要だという。しかし、問題は、ほぼすべての適地は、既に水力発電所が建設されていることだ。また、Site Cプロジェクトは環境承認に10年、建設にさらに10年を要する。
そのため、唯一の選択肢は天然ガス発電所の建設。だが、EVに天然ガスを動力として使うと、ゼロエミッション(排出ガスゼロ)は実現不可能になる。
13基の新しい天然ガス発電所の建設と運営には巨額の費用がかかる。誰がこれを負担するのか? 電力料金を供給元ごとに分けるのはほぼ不可能なので、既存の電気料金に組み込む必要がある。そうなると、既に苦境に立たされているカナダの企業のコストが増加する。これにより、インフレにうんざりした市民がデモに出る可能性もある。
唯一の代替案は、既に、巨額の国債を抱えている国で大規模な全国電力補助金を実施することだ。
また、直接のEV補助金を検討する必要がある。カナダ政府は、EVを購入する際に一台あたり5千カナダドルの補助金を提供している。すべての新しいEVに充電するために必要なインフラを拡充するためにも納税者の資金援助が必要だ。これには「ゼロエミッション車両インフラ計画」による6億8千万カナダドルが投入されている。これは、カナダ政府が「EVをより手頃な価格にし、充電スタンドを利用しやすくするため」にすでに10億カナダドル以上を費やした後のことである。(1 カナダドル = 115.08 日本円)
納税者の寛大さに加えて、EVサプライチェーンへの新たなインセンティブとして、車両の組み立て、バッテリー生産、およびバッテリーを作動させるカソードに使用される材料(リチウム、コバルト、マンガンなど)の調達に対して30パーセントの税額控除が提供される。この政策は、最近発表されたホンダの150億カナダドルの工場向けに設けられるが、他の新しいプロジェクトにも適用される。
消費者や納税者に対するEV産業への大規模な補助金を理解するのにまだ頭が回転していないのなら、もう一つ考えるべき大きな補助金がある。無料の道路利用だ。我々、ガソリンとディーゼル車を運転するのに燃料税を多額に支払っている。カナダ納税者連盟(Canadian Taxpayers Federation)の「2022年ガソリン税実態報告書(2022 Gas Tax Honesty Report )」によると、カナダのドライバーは平均で1リットルあたり55セントのガソリン税を支払っている。カナダ統計局のデータによれば、年間の総消費量は425億リットルであり、カナダのドライバーは合計で230億カナダドル以上の道路利用税を支払っている。
一方で、EVのドライバーは何も支払っていない。
この明らかな不公平はさておき、オタワのEV規制は、ガソリン車やディーゼル車を徐々に道路から排除する。これらの車がなくなった場合、すべてのEVが走る道路の維持費を誰が負担するのか?
最後に、最も重要な課題、EVへの大きなシフトが本当に環境上の利益をもたらすのか? 国際エネルギー機関(International Energy Agency)の調査によると、国際的なEV目標を達成するには、少なくとも388の新しいリチウム、ニッケル、コバルト鉱山が必要だ。しかし、法規申請から実際の生産までには、リチウムは6〜9年、ニッケルは13〜18年かかる。そして、今は2035年まであと11年しかない。
これらの鉱山の開発が人類に与える影響はどうなるのか? 現在、ほとんどのレアアース鉱物は発展途上国にあり、そのうちの半分はアフリカにある。これらの地域では、児童労働やその他の人権侵害の報告が非常に多い。ノースウェスタン大学を中心とした研究チームが、コンゴ民主共和国のコバルト鉱山が人間の福祉に与える影響を調査し、「人間の健康に深刻な影響を与えている」と結論づけている。
したがって、EVへのシフトが環境上の利益をもたらすかという問いへの答えは、明らかに否定的だ。EV目標を達成するためにかかる人類のコストは非常に大きい。
これらの要因だけでも、オタワのガソリン車禁止令が実現する可能性は低い。だが、最大の理由は人々がそれを望んでいないことだ。
政府が補助金を提供し、企業が値下げを行っても、EVの販売が低迷しているという新たな報告が出ている。政府は、アダム・スミスが1759年にその著書『道徳感情論』で述べたように、「人々は上から動かされるチェスの駒ではない」ということに気づきつつあり、政府は落胆し、国民は安堵している。
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