【寄稿】日本核武装論の虚実 核保有を阻む3つの障害

2024/03/02
更新: 2024/03/01

台頭する核武装

昨今、一般向けの安全保障の研究会や講演会などで、必ずと言っていいほど出る質問は日本の核武装についてである。北朝鮮が核兵器開発を本格化させ、中国が核戦力を増強しており、しかも両国とも半ば公然と日本を核攻撃する可能性に言及している。

さらにロシアを含めた3国は、日本のミサイル防衛をすり抜ける極超音速ミサイルの開発に成功しているとも言われている。日本も核武装した方がいいのではないか? という問い掛けが出るのは、けだし当然と言えよう。

これは、日本国民が軍事アレルギーや核アレルギーから脱却しつつある兆候とも捉えられるから、軍事ジャーナリストである私としても歓迎すべき事象である。

と言っても、古言に「生兵法は怪我の元」とある通り、生半可な知識で核武装を唱えるのは、危険極まりない。日本を取り巻く世界の安全保障環境を踏まえた冷静な議論が必要なのは、言うまでもあるまい。

憲法9条の呪縛

日本の核武装の第1の障害は、言わずと知れた日本国憲法である。9条2項には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定められており、当然核戦力の保持は認められていない。

一部に「この憲法は占領下において占領軍に押し付けられたものだから、そもそも無効である」との主張があるが、1952年の独立直後に「無効」を宣言していれば、この主張は成り立っただろうが、独立して70年以上、この憲法に従い選挙をやり裁判を行ってきた以上、日本国民がこの憲法を有効と見なしてきた事実は動かしようがない。

結局のところ、憲法96条の定める改正手続きに従って改正しなければ、日本の核武装は不可能だ。ところが96条では、改正には衆参両院議員の3分の2以上の賛成と国民投票での過半数の賛成が必要と定めてある。

つまり、核武装のために憲法を改正するためには、国会で核武装の是非を堂々と議論し、その議論を国民全体に拡散しなければならないのである。

核拡散防止条約

ここで第2の障害に遭遇することになる。と言うのも日本は核拡散防止条約(NPT)に加盟しており、核兵器開発を国際条約上、禁止されている。従って国会で核武装を議論すれば、当然NPTの破棄を議論しなくてはならなくなるのである。

NPTの破棄を国会で議論すれば、米国を含む世界各国が反対を表明することは火を見るよりも明らかだ。ここで核武装を強行しようとすれば、日米安保条約の破棄、国際連合からの脱退を覚悟しなければならなくなろう。

ちなみに国連安保理の常任理事国5か国がいずれも核保有を認められているのは、1968年にNPTが調印された時点で、この5か国は既に核兵器を保有していたからだが、それではこの5か国は国会で堂々と議論して核武装したのか、と言えば左にあらず。

NPTがない時点でも核武装を国会で堂々と議論すれば、国際的に非難されることは間違いなく、各国とも核開発を秘密裏に進め、ある日突然核実験を強行して核保有を宣言した。これが核武装の常道なのである。

だが核開発には莫大な予算を必要とする。これを国会の審議を経ずに、どうやって捻り出したのか? ここで使われるのが軍事機密費である。軍隊は国会の審議を経ない機密費を確保しているのだ。

ところが自衛隊は憲法上の位置づけが軍隊ではないから軍事機密費の予算枠がない。従って日本では核武装を秘密裏に進めることは不可能なのである。

核シェアリング

以上の障害からみて日本が独自に核武装するのは、不可能であるのは明らかだろう。そこで浮上してくるのが核シェアリングである。これは米国の核兵器を共同管理するということで核共有とも言われるが、平たく言えば、米国の核兵器を借り受けるわけだ。

この方式なら憲法を改正する必要はなくNPTにも抵触せず、莫大な核開発予算も必要としない。G7の中ではドイツとイタリアが既にこの方式を採用している。

2022年2月に安倍元総理がテレビ番組で「核共有について国内でも議論すべき」と発言して話題となった。ところが翌3月、岸田総理は参議院予算委員会で「核共有は、非核3原則と相容れないから考えない」旨、答弁して議論は打ち止めとなった。

ここで第3の障害に突き当たる。非核3原則である。

非核3原則

非核3原則は1967年に佐藤栄作総理(当時)が国会で表明したもので「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という三拍子の語呂のいい標語である。1971年には衆議院で決議され、1974年には、総理退任後の佐藤栄作氏に非核3原則を表明した功績が認められノーベル平和賞が贈られた。

いわば日本の国是とも言うべき原則であるから、岸田総理が固執するのも無理もない。しかし、「持ち込ませず」と言う以上、米国の核兵器を日本に持ち込む事は出来ない。つまり「持ち込ませず」を見直さない限り、日本の核シェアリングは不可能なのである。

この間隙を縫うかのように2023年1月に韓国のメディアを通じて尹大統領は米国と核シェアリングを協議しているという趣旨の発言をした。これは世界の注目を集め、同日中にバイデン大統領に記者が「韓国と核シェアリングの協議をしているのか?」と問いかけたところ、答えは「ノー」

一体どっちが嘘をついているのかと話題になった。

真相は2022年末に韓国が米国に核シェアリングを持ち掛けたが、米国が難色を示したのだ。

拡大抑止は機能するか?

米国が難色を示した理由は、公表されていないが、韓国の政治的不安定だろうと推察されよう。韓国は保守親米派と左派反米派が政権交代を繰り返している。尹政権は保守親米派だが、次の政権が左派反米派になる可能性は十分にある。米国としては反米政権に米国の核兵器を委ねるわけには行かないのであろう。

そこで米国が代替案として示したのが、核の傘すなわち拡大抑止である。つまり韓国が核攻撃を受けた場合、米国の戦略核兵器で報復するという約束だ。

これは日本にも適用されている政策だが、本当に機能するか、疑問視されている。何故かというと、例えば中共が日本を核攻撃した場合、米国が戦略核で中国本土を攻撃すれば、中共も戦略核で米本土を攻撃することになる。

米国は日本を守る為に米国民の犠牲を覚悟するだろうか?この覚悟がないと中国共産党が判断すれば中国人民解放軍が核攻撃を躊躇する理由は、もはやない。米国の核の傘は、破れ傘かもしれないのである。

(了)

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。