毎回のことだが、中国の北京で重要会議や特別な行事がある場合、これに合わせて、地方政府から受けた不当な扱いや地方官僚の不正などを中央に直訴するため、全国各地からの陳情者が北京に殺到する。
陳情は、中国でも合法的な国民の権利である。しかし、地方政府としては、不正の実態を中央に知られることを何としても避けたい。そこで、地方からやってくる陳情者を阻止するため、北京と地方の公安当局が結託して、その排除に努めている。
今年も中国共産党にとっての建国記念日(10月1日)が近づいている。その「敏感な日」を目前にして、北京では恒例の「陳情民の排除」が盛んに行われている。
「陳情局を見に行っただけ」の市民に暴行
今月1日、河北省出身の高齢の女性が、地元公安(地方政府が北京に送り込んだ拉致要員)から腰椎が砕けるほどの暴行を受けたことがわかった。事件後、女性の地元河北省と北京の公安当局は、たがいに責任をなすり付け合い、この事件の立件を拒否しているという。
「私は陳情者ではない。ただ噂に聞く国家信訪局(陳情局)がどのようなところか、北京を離れる前に見たかっただけだ」と、被害を受けた女性は、病院のベッドで苦悶しながら語った。
この事件を記した文章は中国のSNSで広く拡散されていたが、その後すぐに封殺に遭い、削除されている。
文章によると、この女性の名は鄧召美さん、数え年64歲(診断書は63歳)。鄧さんは、過去に何らかの裁判と関わりを持ったことはなく、陳情したこともない。
鄧さんは今年2月、北京の老人ホームでアルバイトをするために上京したが、大雨の被害に見舞われた河北省の自家を修繕することになり、8月31日に仕事をやめて、次の日(9月1日)に地元の河北省に戻る予定だったという。
SNSなどを通じて、以前から「不当な扱いを受けたら北京の国家信訪局に訴えることができる」ことを知っていたため、鄧さんは「国家信訪局とは一体どんなところか。北京を離れる前に、一度見てみよう」と思った。
そこで帰郷する当日(9月1日)、彼女は荷物を預けた後、バスに乗って陳情局へ向かった。バスから降りた後、路上である女性に「陳情局はどこか」について尋ねた。女性の指示に従って100メートルほど進んだところ、私服の見知らぬ男2人に呼び止められ「おまえは、陳情局に行くのか」と聞かれたという。
そこで鄧さんは「私が陳情局に行くかどうかは、あなたたちには関係ないでしょう。あなたたちは誰。教える必要なんてない」と答えた。その直後、2人組のうちの1人が彼女のバッグを奪い、もう1人が背後から襲いかかったという。
腰椎が砕ける「爆裂性骨折」に
鄧さんは「後ろから、脚で蹴られたのか、膝で突かれたのか分からない。とにかく腰に激痛を覚えた」という。
この後、さらに4人がやってきて、鄧さんはそのままパトカーに押し込められた。彼女のバッグのなかから、法律の普及に関する内容のメモ帳を見つけた男らは「この女は陳情民だ」と勝手に確信したようだ。
そこで男らは、自分が「公安」や「陳情局の職員」であると名乗り、鄧さんに「なぜ陳情するのか」と問い質したという。
「私は陳情しに来たのではない。ただ見たいだけだ」と鄧さんは説明したが、解放してもらえず、助けを求めるため家族に電話しようとすると、その携帯電話まで取り上げられたという。
その後で、男らは女性の地元政府へ連絡して、その日の夜、地元政府の人員が迎えに来たという。はじめ鄧さんは訳が分からなかったが、この時になってようやく「私は陳情民と間違われた」と気づいたという。
鄧さんの腰の激痛は、ますますひどくなった。パトカーの中で、女性は腰の痛みで横になるしかなかった。「下手に動けない。すぐに医者に見せてほしい」という鄧さんの要求は全く無視され、強引にパトカーから地元政府の車へと移された後に、ようやく病院へ送ってもらえたという。
検査の結果、鄧さんは「腰椎の爆裂性骨折」のほか、複数個所の骨折と診断された。腰椎の骨が砕けていたのだ。
責任を「なすりつけ合う」当局の醜さ
全く身動きできない鄧さんは、今も尿道カテーテルをつけて病院のベッドに横たわることを余儀なくされている。補足するが、相当高額になるであろう医療費と入院費は前払いなので、鄧さんの家族が必死で工面して負担しているはずだ。
被害女性である鄧召美さんは「陳情民」ではなかった。ただ、愚かな公安の勘違いによって、とんでもない被害に遭ったのである。
しかし、仮に鄧さんが陳情民であったとしても、陳情することは全く違法ではない。さらには、高齢の女性に対して、背後から「腰の骨が砕けるほどの暴行」を加えるとは、一体何ごとか。この公安の行為は、もはや公務執行ではなく「重大な傷害罪」に該当するのではないだろうか。
後に鄧さんの家族は、苦情を言いに、地元の河北省政府と北京の政府部門を何度も行き来した。しかし、双方の政府はそれぞれ責任を回避し、結局は「たらいまわし」にするだけで、事件の立件すらしてくれなかったという。
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